ブラック・サンデー


★film rating: A+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

モサドのカバコフ少佐(ロバート・ショウ)は、パレスチナ・ゲリラ「黒い九月」のアジトを奇襲し、彼らが新年のアメリカで大規模テロを画策していると知る。ゲリラ側の女戦士ダーリア(マルト・ケラー)は襲撃を脱し、ベトナム帰りで精神に異常をきたしたパイロット、ジョン・ランダー(ブルース・ダーン)を使って着々と計画を進める。テロの場所も日にちも手段もまるで分からない中、モサドとFBIは必死になって合同捜査を進めるが。


映画少年だったならば、チラシ集めをした方も多いだろう。ご多分に漏れず私もその1人。小学生から中学生にかけて、近所の古書店を回って50円から100円のチラシを集めたものである。そんなある日、1枚のチラシを見付けて思わず目を疑ったことを覚えている。「話題のスーパーアクション!!」と書かれたそれが本作品。何故目を疑ったかと言うと、実はこれは公開直前にお蔵入りした映画なのだ。


ご存知の方もいるかと思うが、『ブラック・サンデー』は本国アメリカでの大ヒット&大好評を受けて、1977年の夏休み映画の目玉として公開予定だった。日本国内でも試写も行って大好評、既に宣伝もしていたのに、公開直前になって過激派からの劇場爆破予告を受けて、急遽公開中止となったのだ。プロットだけ取り上げれば、善玉イスラエル人対悪玉パレスチナ・ゲリラ。しかもゲリラ側は日本赤軍経由で大量のプラスティック爆弾を入手するという設定(DVDの日本語字幕では出ない)だから、当時のキナ臭い中東事情を考えれば、過激派がけしからんと怒ったのも想像出来よう。


しかし実際に映画を観てみればお分かりの通り、ここには善玉悪玉など登場しない。作り手達はどちらにも肩入れせず、主人公らの行動を冷徹なタッチで描いた作品になっている。監督の故ジョン・フランケンハイマーは「政治的思想は一切入れずに、徹底した娯楽映画であろうとした」と述べたそうだが、まさにその通り。娯楽サスペンス・アクション映画として一級品に仕上がっているのだ。


トマス・ハリスの原作は、彼らしく追う者、追われる者を描いた小説である。但し後のハリス作品とやや趣きが違い、プロット主体でなく、ランダーの過去や心理が本の半分近くを占める異色作だった。このままでは映画にならない。しかし優れた脚本家達3人(『北北西に進路を取れ』(1959)、『ウエストサイド物語』(1964)などの名脚本家アーネスト・リーマン、『ジャッカルの日』(1973)のケネス・ロスら)は、映画向きで無い要素を落とし、代わりに映画向きの要素を付け加えた。ランダーのこってりした心理描写やカバコフの恋人などをばっさり削ぎ落とし、病院内での暗殺計画、一般市民巻き添えの追撃戦などを挿入したのだ。心理描写を落としても登場人物たちの行動のみを徹底して描いた為に、結果的に臨場感溢れるドキュメンタリ・タッチの映画になったのである。


ジョン・フランケンハイマーの演出は感情移入を排した骨太なタッチで、目的の為ならば手段を選ばない非情な人々を描いている。終始重心を低く、突っ走りそうになってもトルクを抑え、確実に着実に緊張感を持続させ、やがてクライマックスの大アクションに一気呵成に雪崩れ込む呼吸は、これぞプロの監督の成せる技と言えよう。ラスト45分の緊迫感の盛り上がり、二段構え三段構えの手に汗握るクライマクスは、その辺の軟弱大作映画ではお目に掛かれない。こうなると今となっては特撮がチャチなのは小さな瑕疵でしかないのだ。


ジョン・ウィリアムズの音楽も、サスペンスとアクションに時折優雅な旋律を忍び込ませる『JAWSジョーズ』(1974)と同じアプローチが効を奏している。近年の彼の映画音楽で見かける、殆ど無意味に凝ったオーケストレーションなど無い。前進する律動でスリルを盛り上げ、純粋に映画に奉仕している。


カバコフ役ロバート・ショーの爬虫類のような冷たい風貌も、ドイツ語訛りのマルト・ケラーの非情な美貌テロリストもぴったりだが、精神的に不安定なランダー役ブルース・ダーンが特に素晴らしい。狂気の中に人間味を漂わせる熱演。彼ら3人は登場するだけで緊迫感が走るのだから、このキャスティングは大成功だ。


見逃せないのは、短いながらも的確な人物描写が成されているところであろう。カバコフは人殺しに疲れているが、近しい人の死によってそれも変わる。ダーリアは家族を殺害された。ランダーは国に尽くしたのに裏切られた。彼らの心に溜まった澱が膨れ上がり、やがて狂ったように行動に駆り立てられる。この映画の持つ突き進む迫力の根源は、彼らの心理にあるのだ。


ほぼ20年振りに再見すると、今更ながらフランケンハイマー晩年の力作『RONIN』(1998)を思い起こさせる箇所に気付く。一般市民巻き添えの市街戦や、クライマクスの状況などがそう。『RONIN』は場面によっては、『ブラック・サンデー』のリメイクをしていたのかも知れない。


フランケンハイマーこの後に『プロフェシー/恐怖の予言』(1979)などという、スットコドッコイな怪作を作ってしまったり、出来不出来が激しい監督だった。しかし本作はハリス原作の映画化の中でも『羊たちの沈黙』(1990)を凌駕する、文字通りの大傑作になっている。


ブラック・サンデー
Black Sunday

  • 1977年 / アメリカ / カラー / 143分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):劇場未公開
  • MPAA(USA):Rated R
  • 劇場公開日:-
  • 鑑賞日:2006.10.8./自宅にて鑑賞
  • 劇場:自宅でのDVD鑑賞 140インチ、ドルビーデジタルでの上映。
  • DVD公式サイト:http://www.paramount.jp/dvd/catalog/dvd06100.html ジャケット裏と共にかなりネタバレなので、読まない方が賢明です。予告篇、スタッフ&キャスト紹介、オリヴァー・ストーン来日記者会見採録など。