ブラック・ダリア


★film rating: B-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1947年1月15日のL.A.市内。空き地で若い女性の全裸惨殺死体が発見された。胴体は腰のところで真っ二つにされ、口が両端まで切り裂かれ、全身には痣や打撲、切り傷や煙草の火傷などが付けられ、血抜き・洗浄がされていたのだ。被害者は黒い髪に黒ずくめのドレスから、生前ブラック・ダリアというあだ名が付いていた、スターを夢見る少女からの転落の象徴のような女エリザベス・ショート。元ボクサーの刑事バッキー・ブライカート(ジョシュ・ハートネット)は、相棒の同じく元ボクサーのリー・ブランチャード(アーロン・エッカート)と共に捜査を担当することになり、次第に事件に取り付かれていく・・・。


実際にあった迷宮事件を題材にしたジェイムズ・エルロイによる原作は、本の中で事件を解決させてはいるものの、事件そのものをストレートに描くのではなく、その事件に取り付かれた男たちの暗い情念を描いたものだった。大体にして小説中でブラック・ダリア事件が起こるのは、物語がかなり進んでから。しかも物語は事件から付かず離れずの展開を見せるので、純粋な警察小説、謎解きハードボイルドとしてはプロットにやや難がある。しかしその暗い情念の迫力と凝った語り口で読ませていたが、さて映画版は如何に。


結論としては、普通の映画好きまたは映画ファンにはそっぽを向かれても仕方が無い出来になっていた。小ぢんまりとして迫力不足、登場人物たちの心情もよく分からない映画になっているのだ。『ミッドナイトクロス』(1981)、『ミッション:インポッシブル』(1996)などでも「暗い情念」を描き続けてきた監督、ブライアン・デ・パルマらしからぬ表層的な作品である。


この作品で失敗しているのは、個人的には「子供の頃に見なければ良かった写真」ベスト1である実際の死体、つまりはまるでハンス・ベルメールの作品みたいになっていたエリザベス・ショートの死体を、はっきり見せなかった点にもあると思う。無残な肉隗と劇中に幾度と無く挿入される生前のエリザベス・ショートとの対比によって、バッキーとリーの妄執と情念が映画的に浮かび上がっただろうから。製作者側としては、不必要に凄惨な死体を見せたくないという思いもあったのでは、と予想出来る。デ・パルマは今回のアプローチで満足しているようだが、それにしても感情の描き込み不足なのは事実。手法で満足してしまったのだろうか。


情念の描き込み不足という点では、最初に事件に取り付かれるリーの理由が最後まで不明な点も挙げられる。遥か以前に原作を読んだ身としては既にそんな理由など忘れているので、映画だけでは原因不明な行動に見えてしまった。リーを演ずるアーロン・エッカートは、明るさと暗さの表裏一体な警官を演じていて良かったのに。


このように人物描写のぬるさもあって、どうも主人公たちの妄執に迫り切れていないのである。


ところがこの映画、困ったことに、デ・パルマ好き、捻くれた映画好きとしては、妙に気になる点もあるのだ。


彩度を落としたクラシカルな映像(名手ヴィルモス・ジグモンドの撮影は本当に素晴らしい)、クレーン撮影や360度回転、主観移動や画面分割など、デ・パルマらしい刻印はあちこちに散見され、しかもこれ見よがしでないので物語の邪魔をしていない。但しこれだけ人物の内面に迫れていなかったとあっては、どうせならばもっと映像サーカスを見たかった気もする。しかも後半に登場するアヤしい男役が、『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)の主演ウィリアム・フィンリーじゃないか。出番は少ないものの、期待通りの怪演を見せてくれる。ラストのショッキングな演出も、デ・パルマらしくてニヤリとさせられた。


マーク・アイシャムの音楽も、エルロイ原作の傑作『L.A.コンフィデンシャル』(1997)でのジェリー・ゴールドスミスを思わせるトランペットの主旋律で前半を通すが、徐々にスリラー色を醸し出していって、これが良い。適度な品があってスリリング。また、クラシカルなファッションも目を楽しませる。


主役のジョシュ・ハートネット、バッキーとリーの間で揺れるケイ役スカーレット・ヨハンソンは、役に合っていなかったように思う。ハートネットは内面の暗さが足りず、ヨハンソンは演技に乗り切れていないよう。ヒラリー・スワンクは前作『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)とまるで違った役で、演技の幅を見せ付けてくれて良かった。ダリア役ミア・カーシュナーも、主人公が執着するのも納得出来た。


それにしても、ブライアン・デ・パルマの演出にパワーが無かったのが気になる。『ファム・ファタール』(2002)の自己満足的暴走も困るが、本来パワーが必要なこの映画ではそつなくこなしているだけのよう。今回は雇われ監督だったから、気が入っていなかったのか?それともデ・パルマはもう終わったのか?


ブラック・ダリア
The Black Dahlia

  • 2006年 / アメリカ / カラー / 121分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence, some grisly images, sexual content and language.
  • 劇場公開日:2006.10.14.
  • 鑑賞日:2006.10.14./ワーナーマイカル新百合ヶ丘9 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜21時20分からの回、240席の劇場は7割の入り。
  • 公式サイト:http://www.black-dahlia.jp/ 物凄いアクセス数の為か、この時点では表示出来ず。先日覗いたときは、滝本誠などのエッセイが読み応えがあった。