マイアミ・バイス


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

合衆国政府の持つ麻薬組織に関する情報が、組織側に漏洩していることが判明した。マイアミ警察の刑事ソニークロケットコリン・ファレル)とリカルド・タブス(ジェイミー・フォックス)は、FBIとの合同捜査で麻薬の運び屋になりすまし、漏洩元を探るべく南米へと飛ぶ。そこには組織の幹部でボスの愛人でもあるイザベラ(コン・リー)がいた。やがてソニーとイザベラは危険な恋に落ちる。


往年のテレビシリーズを基にした映画版が続々作られても、タイトルだけ同じで中身がまるで別物となっているのが殆どだ。対して本作は、テレビ版の製作総指揮を担当したマイケル・マンの製作・脚本・監督作品。つまり「これが本物」だと宣言した作品である。マイアミ警察のソニーとリカルド、フェラーリ、流行の音楽、リアルな細部。1980年代に一世を風靡した同名テレビシリーズとの共通点は、ぱっと見ではこれくらいしかなさそうに見える。ヤン・ハマーのテーマ曲も無ければ、目立つファッションを着こなしている訳でもないし、ワニのエルヴィスも出てこない。バブリーで能天気な映像や設定、小洒落た会話は皆無。その代わりにここにあるのは、ハードでシニカルな世界観。それでも本作はテレビシリーズの持っていた精神をそのままに、劇場版としてスケールアップさせている。


フェラーリパワーボート、セスナ機と、陸海空の乗り物で目を楽しませ、南米各地に飛ぶ大掛かりな潜入捜査を描写し、リアルで激しい銃撃戦の迫力で圧倒する。これらはテレビでは出来ない、映画ならではの描写だ。特に終盤に用意されている人質奪還場面と大銃撃戦場面は、サウンド面も含めてマイケル・マンらしい緻密な描写となっている。


コリン・ファレルは自身の年齢より歳上の設定で、しかもハードな職務をこなす刑事役とあって、体重を増やしヒゲを生やしての登場。ちょいとイメージチェンジしたタフな面構えがハードボイルドな作風に相応しい。一方のジェイミー・フォックスは、テレビ版と逆にソニーをクールダウンさせる、地に足の着いた先輩役。しかし中盤は殆ど登場しないとあって印象に薄く、また役柄も掘り下げられていない。贔屓のフォックスが演技力を十分発揮出来ないままなので、観ていて欲求不満にかられた。この映画、完全にコリン・ファレルが主役の映画となっている。


コン・リーは複雑な生い立ちを持つ組織幹部役でソニーとの恋を燃え上がらせる役。登場人物の描き込み不足が目立つ脚本で、しかも男を描けても女を描けないマイケル・マン作品というハンデがありながら、彼女の佇まいは印象に残る。性別を超越した冷徹な顔から女性としての顔を覗かせてみせるあたり、さすがに上手い。チャイニーズ英語でも情感が伝わって来る。また組織側では幹部役ジョン・オーティス、巨大組織のボス役ルイス・トサルらも悪役らしい禍々しさが出ていて良かった。


マイケル・マンの演出は、タイトル無しのいきなり緊張感満点の導入部で観客を引きずり込む。実際の犯罪現場に居合わせているかのような臨場感はドキュメンタリ出身の面目躍如。その後の潜入捜査も緊迫感をはらみ、テンポも早く、これは傑作かと思わせる。しかし恋愛物語になるとやはり勝手が違うのか、マンの持つマチズモの悪い点が主役2人の情感を阻害してしまう。『ヒート』(1995)や『インサイダー』(1999)に比べて胸を打つ描写も無く、全体に感情の彫り込みが浅いのは、公開直前に20分ほどカットされた為かも知れない。また実は大したプロットでないのも、マンらしいリアルな硬派潜入映画の決定版を期待していた向きからしても、期待外れと言わざるを得ない。終盤の物語の混乱も、未解決事項が残るのも、カットの影響だろか。何にせよ、物語的に収まりが悪いのは事実である。


それでもハイビジョンカメラを使った硬質で時にノイジーなヴィデオ映像は、ドキュメンタリ・ルック。銃撃戦における射手の肩越しキャメラワークもマンらしい。結果的な感情のそぎ落としもハードボイルドとして観れば、左程マイナスになっていない。


悪を追い詰めて殲滅しても、根本的には何ら解決されていない。主人公たちの活躍は限定的なものであり、巨大な構図における末端の異変でしかない。だからこそ彼らはこれからも日々戦い続けるであろう。このような観客のカタルシスを無視した内容は、今思うとテレビ版の精神そのものだと気付かされる。あのアンハッピーエンディングも珍しくなかったテレビ版は、翌週になるとソニーとリカルドは何事も無かったかのように別の事件を追っていたではないか。ニヒルでハードでリアルな世界観を受け継いだ映画が、真実味のある現代版ハードボイルドに仕上がっているのは、その精神を持つ故だ。


エンドクレジットの最初に流れるのは、ノンポイント演奏による『夜の囁き』カヴァー。テレビ版でも使われたフィル・コリンズの名曲である。


マイアミ・バイス
Miami Vice

  • 2006年 / アメリカ / カラー / 131分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence, language and some sexual content.
  • 劇場公開日:2006.9.2.
  • 鑑賞日:2006.8.7./SFXシネマ3(タイ/バンコク)2006.9.2./ワーナーマイカル新百合ヶ丘7
    • SFXシネマ:サウンドフォーマットは不明。平日月曜日13時30分からの回、300席ぐらいの劇場は6〜7人の入り。
    • ワーナーマイカル:ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜18時30分からの回、199席の劇場は7割の入り。
  • 公式サイト:http://www.miami-vice.jp/ プロダクション・ノート、ギャラリー、予告篇&TV-CF、壁紙など。