ウォーク・ザ・ライン/君につづく道


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

貧しく荒んだ農家で生まれ育った幼いジョニー・キャッシュは、ラジオから聞こえるジューン・キャッシュの歌声と心優しい兄を心の支えとして生きていた。だが事故で兄を失い、飲んだくれで暴力的な父親から兄の死についてなじられてしまう。心に傷を負ったジョニーは成長し、軍役を経てから結婚、子供ももうける。ぱっとしないセールスマンだったが、オーディションでのチャンスをものにしたジョニーはプロの歌手へと転身、ジューンと一緒にツアーを組むという幸運を手にする。


ジョニー・キャッシュの浮き沈み激しい生き様と、ジューン・カーターへの十数年に及ぶ恋の成就と、その後の苦闘を描く映画は、正攻法で描かれた正統派伝記映画となっている。それと同時に優れた音楽映画でもある。低音の轟きで暴動でも起きたのかと思いきや、バンドが奏でる律動だと分かるフォルサム刑務所での冒頭場面から、監督ジェイムズ・マンゴールドは音楽の持つパワーを描くことに注力している。レコーディング・オーディションの場面、ステージの各場面。その最たるものが、主演のホアキン・フェニックスリース・ウィザースプーンに、本当に歌わせたことだろう。


主演俳優たちが実際に歌っていることにより、音楽映画ならではのリアリティと、彼ら自身の役の存在感に説得力増し、非常に効果的だった。彼らから実際に発せられたシャウトや柔らかい歌を聴くと、俳優達にとっては実在したプロの歌手役なので挑戦的な役柄だったと想像されるが、努力が実を結んでいたと思う。


暗い瞳の持ち主ホアキン・フェニックスは、歌唱力もさることながら、存在感のある「スター」として強烈な印象を残す。麻薬に蝕まれていく様もステージ場面も、非常に力の入った演技だ。兄リヴァーの死を乗り越えて来たホアキンを観るにつけ、役と役者が重なってきそうである。また、兄弟の死がトラウマになるのは、『Ray/レイ』(2004)とも重なる。しかしながら、映画を観る際のこういった邪念を吹き飛ばす圧倒的演技力により、ホアキンならではのジョニー・キャッシュ像を作り出していた。


リース・ウィザースプーンはコメディ映画ばかり観ていたが、芯の強さと優しさを感じさせる演技で、彼女の幅広い上手さが再確認出来た。ホアキンとの演技の相性も良い。2人のベストは湖畔にあるジョニーの家の場面。麻薬中毒から目覚めたジョニーの後悔の念と、彼を受け止めるジューンの演技は、繊細な合唱となっていた。


演技の素晴らしさは文句の付けようが無いのだが、映画自体は真っ向過ぎて細かい工夫が余り見られず、食い足りない印象を持った。いや、全く飽きさせないし、忘れがたい場面も幾つかあるのだが、全体としてジョニーの心の傷の軌跡を丁寧にフォローすることを怠っている。ジョニー・キャッシュが人間としてどん底に陥ったのは、兄の死と父親との確執にあるとしたのに、結果的にどう折り合いを付けたのか、肝心な心情が描き込み不足だ。その浅さが、口当たりの良い映画にしたのも確かだが。


父親役ロバート・パトリックは『ターミネーター2』でのT-1000役からまるで変わっていて、一瞬彼とは分からない老け振りで、びっくりした。


ウォーク・ザ・ライン/君につづく道
Walk the Line