シリアナ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

豊富な石油資源を持つ中東のとある国。ヴェテランのCIA工作員ボブ(ジョージ・クルーニー)は、武器密輸グループをミサイル爆破で暗殺するが、同時に謎の組織にもう1つのミサイルを奪われてしまう。エネルギーアナリストのブライアン(マット・デイモン)は、王位継承権を持つ王子ナシール(アレクサンダー・シディグ)に対して最初は冷ややかだったが、自国の改革・民主化に積極的な王子の姿を見て共鳴、行動を共にするようになる。ワシントンの大手法律事務所に勤務する野心的弁護士ベネット(ジェフリー・ライト)は、石油企業コネックス社の合併に関する調査を任命される。ナシールの国に出稼ぎに来ていたパキスタン人の若者ワシーム(マザール・ムニール)は、コネックス社を突然解雇されて路頭に迷う。ナシールがコネックス社との契約を打ち切った為だ。帰国したボブは、CIA上層部からナシール暗殺指令を受ける。


シリアナ」なる単語は初耳だ。何でも、ワシントンのシンクタンクが想定した、シリア、イラン、イラク民主化・統合された場合の国の呼称だとか。この単語、劇中には一度も登場しない。


メキシコからの麻薬密輸コネクションを巨大システムとして描いた、スティーヴン・ソダーバーグ監督作『トラフィック』(2000)の脚本家スティーヴ・ギャガンの脚本&初監督作品は、石油の利権をやはり巨大システムとして描き、そこに絡む人々を描いた群像社会派スリラーである。各登場人物はパズルのピースであり、映画が進むにつれてその全貌が見えて来るのは観客だけ。つまり『トラフィック』と同じ構造を持つ映画になっている。問題提起はするが、そこに対する主張は込めず、全てを観客に委ねる手法も同様。それでも娯楽映画としてはソダーバーグ作品よりも上のように感じた。次回作が楽しみな新人監督の登場だ。


脚本家の初監督作品は、自分の脚本への思い入れの為か冗長になりがちである。しかしこの極めて生真面目な映画は、幸いにも端正だった。余計な場面や描写は殆ど無く、1つ2〜3分の場面を細かく繋ぎ、パラレルに物語るスタイルを貫いている。それは説明的な場面すら無いことも意味し、観客が脳内整理を行いながら状況を理解していく必要がある。登場人物の描き込みを最小限に抑えた作りは、個々の内面を掘り下げる意図が無く、各人物は巨大なシステムを構築する些細な部品であるとの印象を強くする。こういったドライな作りは、観客によっては物足りなく思えることもあろう。その一方で、非情なシステムに対する救いとしてラストで家族愛を描くが、逆にこれは全くの蛇足だった。


興味深くスリリングな映画はユーモアや感情を殆ど廃しており、やや生真面目過ぎるきらいがある。また、娯楽として十分に成立している映画でもあるのだから、スリラーとしてのケレンがもう少しあっても良かったのではないだろうか。


この映画の弱みは、映画と観客との接点が少ない点にある。CIA工作員、アナリスト、大富豪の王子、出稼ぎ労働者、野心的な弁護士と、主人公は複数居るが、この映画の観客として想定されているであろう石油を使っている一般市民は、誰一人いない。そういった人物を主要人物として登場させれば、より世界が繋がっていることが強調されたのではないか。面白いけれども実感が薄い、どこか他人事のように感じられるのはこの為だ。


俳優では大手弁護士事務所のオーナーであり、政界のフィクサーでもある男と演じたクリストファー・プラマーや、コネックス社オーナー役クリス・クーパーらが目を引く。冷徹な野心家の部分と人間味のある部分を持ち合わせた弁護士役ジェフリー・ライトも良い。彼らに比べると、でっぷり太ってヒゲをたくわえ、よれよれの服装でイメージチェンジをしたジョージ・クルーニーは、やや印象に薄い。


アメリカが中東で望むのは、あくまでもアメリカにとって都合の良い民主化であり、都合の悪い民主化は抹殺しようする価値観が、映画の中で語られる。このような自国の姿勢を描こうとする硬派振りは大いに評価出来、またそれをエンタテインメントとして表現するところに、ハリウッド映画の度量の深さが感じられる。こういった1970年代風の骨のある映画が作られるのも、時代への反動と、1970年代の映画に影響を受けた映画人の台頭にある、と言えそうだ。


シリアナ
Syriana

  • 2005年 / アメリカ / 126分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for violence and language.
  • 劇場公開日:2006.3.4.
  • 鑑賞日:2006.3.30./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘3 ドルビーデジタル上映での上映。平日木曜18時00分からの回、237席の劇場は10人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.syriana.jp/ 予告編、ギャラリー、日本版ポスター紹介など。