ヒストリー・オブ・バイオレンス


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

田舎町でダイナーを営むトム(ヴィゴ・モーテンセン)は、弁護士の妻エディ(マリア・ベロ)と子供達を愛する平凡な父親だ。ある晩、ダイナーで強盗2人を瞬時に倒したことから、一躍時の人となる。だがそれ以来、全身黒ずくめで片目の男(エド・ハリス)が現われ、トムのことをジョーイだと呼び、この目はジョーイにやられたんだ、と付きまとうようになる。トムは全く身に覚えのない、人違いだと言うのだが。


history of violence」とは、「暴力の歴史」ではなく「暴力の過去」という意味だとか。「He has a history of violence.(彼には暴力沙汰の過去がある)」などという使い方があるそうだ。


スキャナーズ』(1981)、『ヴィオデオドローム』(1983)、『ザ・フライ』(1985)、『裸のランチ』(1991)などを発表してきたカナダの映画人デヴィッド・クローネンバーグの新作は、暴力とそれがもたらすものについて考察した映画と言える。


男2人がモテルから出てくる場面を延々長回しで捉えた冒頭は、静かな場面にも関わらず殺気がみなぎっていて、緊張感がある。それはトムとその家族の描写に移ってからやや薄れるが、男2人が再登場してからは再び映画は日常に潜む緊張感を焙り出す。


映画のプロットとしては、1人の男が家族を守る為に襲い掛かる悪党どもを倒していく、とまるで古典的西部劇のようですらある。主人公を演ずるヴィゴ・モーテンセン自身が、土の匂いのする男なので、よりそう感じさせるのだ。しかしクローネンバーグは、映画を痛快アクションとしては演出しなかった。暴力が人間に与える心理的・肉体的影響を、淡々と、しかし簡潔に描き出す。


連続殺人犯である男2人を射殺したことで客の命をも救ったトムを、世間は正義として賞賛する。しかし映画の後半で描かれる暴力の連鎖は、果たして正義なのか。トムの息子が、執拗ないじめを繰り返す同級生に対して行った猛反撃はどうなのか。自分を殺そうと襲い掛かる男たちを返り討ちにして殺すのは、やはり正義なのか。映画のテーマは明解である。例え正義であろうと、暴力は暴力に変わらない。その証拠に、結果も一瞬ではあるが見せる。解剖学的正確さで描写される、破壊された無残な肉体を。


1時間半強と短い上映時間だが、映画は人間と暴力という普遍的なテーマを描き、ひいては現代アメリカの姿まで解釈可能な出来に仕上がっている。暴力における善と悪の意味とは。自分達の生活が暴力や軍備によって守られている、ということに対する無自覚とは。クローネンバーグの演出は無駄無く端正、人物たちを観察していながら、明確な意思を感じさせる。テーマが深く思索に富んでいながら、「普通の」映画しか観ない観客にもアピール出来ているのだ。『スキャナーズ』や『デッドゾーン』(1983)、『ザ・フライ』など、20年前の好調時のよう。但し前述のように、油断すると痛い目に遭う映画でもある。


役者では愛する夫に対して疑心を抱く妻役マリア・ベロが素晴らしい。大きな感情の起伏だけではなく、平素であった日々でも生活感がある。観客の代弁者とでも呼ぶべき存在として、共感出来る説得力のある演技だ。悪役のエド・ハリスは、得意の緊張感のある演技を披露する。終盤に登場するウィリアム・ハートの大袈裟なコミック演技は笑えるが、好き嫌いが分かれそう。リアル、カリカチュアに関わらず、彼らが演じる登場人物のリアクションが映画に真実味を与えている。


人間と暴力について観客に問いかける映画は、現代性だけではなく人間の本質に迫ったものとして、賞賛に値する出来映えだ。


クローネンバーグ組ハワード・ショアは、いつもはこのコンビで実験的な音楽を書くのに、自身の『ロード・オブ・ザ・リング』3部作と似たメロディが随所に顔を出し、期待外れだった。


ヒストリー・オブ・バイオレンス
A History of Violence

  • 2005年 / カナダ、アメリカ / 98分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong brutal violence, graphic sexuality, nudity, language and some drug use.
  • 劇場公開日:2006.3.11.
  • 鑑賞日:2006.3.11./東劇 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日、土曜14時50分からの回、435席の劇場は9割の入り。女性客が多かったのはヴィゴ様効果か!?
  • 公式サイト:http://www.hov.jp/ 来日したヴィゴ・モーテンセンマリア・ベロ来日記者会見、原作グラフィック・ノヴェル(劇画)の冒頭抜粋、彼・夫の信用度チェックなど、面白い記事が多数。ヴィゴ様生写真プレゼントの告知あり。