プライドと偏見


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

18世紀末のイギリス。それなりに裕福なベネット家では、母親のベネット夫人(ブレンダ・ブレシン)が5人の娘たちの結婚ばかり気にかける毎日だ。そんなある日、近所に若き独身の富豪ビングリーが越して来た。新たな花婿候補と騒ぐ家族を尻目に、才気活発の読書好きで、おまけに毒舌家の20歳の次女エリザベス(キーラ・ナイトレイ)は、舞踏会にてビングリーの親友である富豪のダーシー氏(マシュー・マクファディン)と知り合う。エリザベスはダーシーのプライドの高さと冷淡さを嫌うのだが。


誤解と偏見でこんがらがった関係を、すったもんだの末に解きほぐして結ばれる若いカップルを描いた、めでたしめでたしの物語。定番と言えば定番のプロットだが、安心して観られるロマンティック・コメディとして良く出来ている。18世紀から19世紀にかけて執筆稼動を行ったジェイン・オースティンの原作は、『自負と偏見』または『高慢と偏見』として有名な古典なので、ご存知の方もいらっしゃるかも。そちらは未読だが、コリン・ファース演ずるミスター・ダーシーで有名な、1995年にBBCにてミニシリーズ化されたものは観ている。5時間もの長編だが、テンポも良く、大変面白く観た。これにハマり、そして特にコリン・ファースのミスター・ダーシーにハマっヘレン・フィールディングが、同じプロットで『ブリジット・ジョーンズの日記』を書いたのは有名な話だ。面白いことに、自ら積極的に行動を取るエリザベスと比べると、白馬の王子様を待つブリジット・ジョーンズの方が、実は古臭く見える。


さて比較的原作に忠実と思われるBBC版に比べ、今度の映画版は遥かにスピードアップしている。デボラ・モガックの脚本は、恐らく原作を大胆に脚色しているものと思われるが、これが1本の映画として中々良くまとめている。原作の力もあるのだろうが、丁々発止の台詞の応酬など面白い。また、テレビ出身のジョー・ライトの手腕は中々しっかりしていて、テレビ的に小ぢんまりすることなく、劇映画らしい仕上がりだ。笑いのタイミングが全てキレ良く決まっている訳ではないものの、テンポ良く語り、結構笑わせてくれる。セット場面では移動撮影と静止撮影を使い分け、屋外場面では柔らかい陽光が差す田園風景を美しく捉えるなど、映画としての広がりを意識しているのも認められる。


舞台となっている時代では、女性には遺産相続権が全く無かった。息子が居ない家の遺産は全て男性の近親者に相続されることになっていたのだ。就くことの出来る仕事もごく限られている女性は、自活の道が殆ど無く、幸せに暮らすには嫁ぐしか術がなかった。こんな理不尽な世界では結婚は生きる手段として切実だったので、愛情よりも「とにかく結婚!!」と大騒ぎになるのも理解出来ようもの。そんな時代の中で、「愛情が沸かない人とは結婚したくない」と求婚を突っぱねたオースティンは、当時としてはかなり進歩的な人だったと言えよう。


同じく劇中でも結婚を突っぱねるエリザベスを演じたキーラ・ナイトレイは、彼女ならではの溌剌とした魅力を役に与えている。古典ものなのに現代娘に見えてしまうのは、元々の役柄自体が現代に通ずるものなので、違和感は無い。むしろ、背伸びしていた『ドミノ』(2005)での現代の賞金稼ぎ役などよりも、こういった役の方が似合っている。エリザベス・ベネットに相応しい知性とユーモア、鼻っ柱の強さ、そして事をややこしくした頑迷さを、素直に演じていたように思えた。


ダーシー役マシュー・マクファディンは、コリン・ファースに比較される宿命を最初から背負っていたにも関わらず、気負わず演じて好感が持てる。登場する舞踏会の場面も終始むっつりしていて可笑しい。それなりにハンサムではあるものの、いわゆる2枚目タイプでなかったのも、嫌味を感じさせなくて良かったのかも知れない。最初は貴族としてのプライドと階級社会に固められているものの、それがエリザベスの影響で徐々に氷解していく姿をさりげなく表現していた。


事をややこしくしたのは、エリザベスのダーシーに対する偏見だけではなく、階級社会そのものでもある。下層階級を見下す上流階級の象徴のようなキャサリン夫人を演ずるジュディ・デンチは、最近の彼女には珍しく憎まれ役。貫禄ある台詞回しと表情、ライオンのたてがみのようなヘアでインパクトも十分。彼女とエリザベスが厳しい言葉でやり合う場面は、映画のクライマクスと言える。


映画は贅沢に配置された名優たちのお陰もあって、脇役まで興味深く観られる。美味しいところをさらうのが、ミスター・ベネット役ドナルド・サザーランド。結婚!結婚!と下品に大騒ぎする、愚かだが娘たち思いの妻や、軽薄で愚かな下の娘たちを、辛らつな言葉を吐きながらも優しく見守る父親として印象に残る。ラストでは場をさらい、映画に微笑みを与えるのだ。


この映画には品がある。過剰な演技や台詞、演出を控えながら、笑いを塗して最後は登場人物にも観客にも幸福を与えてくれる。また、ダリオ・マリアネッリ作曲のピアノと弦を中心とした音楽も、ロマンティック・コメディに似合った軽やかなもの。映画の雰囲気に一役買っていた。


理想の相手は実は身近に居たという、古典が原作であっても現代に通じる普遍的な物語として、お薦め出来る作品だ。


プライドと偏見
Pride & Prejudice

  • 2005年 / フランス、アメリカ、イギリス / 127分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG for some mild thematic elements.
  • 劇場公開日:2006.1.14.
  • 鑑賞日:2006.1.14./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日の土曜レイトショー21時35分からの回、240席の劇場は約5割の入り。
  • 公式サイト:http://www.pride-h.jp/ 予告編、スクリーンセーバー&壁紙、オールイングランドのロケーション紹介、オースティンの原作紹介(但し1月24日現在では工事中)など。美しいサントラも流れて心おだやかになれるかも。