エリザベスタウン


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

スニーカーデザイナーのドルー(オーランド・ブルーム)は、担当したスニーカーがリコールされ、会社に10億ドルもの損害を与えてしまう。失意の余り自殺直前となった彼に追い討ちをかけるように、父が自らの故郷で急死したとの連絡が来る。葬儀の為にケンタッキー州エリザベスタウンに向かったドルーは、機内で陽気でお節介なフライト・アテンダントのクレア(キルスティン・ダンスト)と知り合う。


この映画には聞き慣れない単語が出てくる。失敗が「failure」ならば、大失敗は「fiasco」だとか。劇中でドルーがクレアに言う。「There's a big difference between a failure and a fiasco. 」。脚本&監督のキャメロン・クロウによれば、彼の前作『バニラ・スカイ』(2001)は「fiasco」だとか。さて本作はクロウにとって、大失敗からの再生となるかどうか。


映画の冒頭で主人公にいきなり転機が訪れ、再生への道を辿るのは『ザ・エージェント』(1996)と同じ構造。映画の終盤でドルーがドライヴ旅行に出るくだりは、ロードムーヴィーだった『あの頃ペニー・レインと』(2000)を思い出させる。このように名手クロウ過去の傑作を思い出させる箇所があるが、そのクロウともあろう人のオリジナル脚本が不出来な為に、各モティーフは良くとも映画全体の出来は芳しくない。


ドルー自身の喪失からの再生。クレアとの恋愛。父の葬儀。久々に再会した親戚縁者との関係。これらがバラバラで各要素間の繋がりが希薄だ。場面ごとに別の映画を観ているよう。恋愛物語は好調なのに対し、他の物語は滑らかさに欠ける。亡き父との回想場面は頻繁に挿入されるので作者の思い入れは伝わるが、彫り込みが浅く、単なる回想場面にしか過ぎない。例えば、息子の父親再発見にまで至らないのだ。


それでも腐っても鯛とは言ったもの。素晴らしい場面やシークエンスには事欠かず、中でも告別式の場面が印象的だ。


夫を亡くしていきなり未亡人となった母(スーザン・サランドン)は、ショックの余りに突然自動車整備や料理、ダンス教室通いなどを始めてしまう。エリザベスタウンでは、彼女は夫を奪って西部に連れて行った女として見られている。そこで長男を町に送り込んだのだが、気丈にも告別式に現れてスピーチを行って笑わせ、夫が好きだった曲に合わせてタップを踊り出す。ここの場面は感動的だ。お世辞にも上手いとは言えないタップでも、夫を想う気持ち、楽しかった夫とその生活にさようならとの感謝を込めた気持ちが良く表れている。単に彼女の感情の吐露だけではなく、ダンスによって街の住人たちの彼女への気持ちをも変えてしまうのだ。


ここに限らず音楽の使い方の点では、キング牧師が宿泊したモーテルの場面でU2の『Pride (In the Name of Love)』を流したりで、相変わらず既成ポップミュージックの使い方が上手い(クロウ作品の常として、日本語の歌詞字幕が無いのが惜しまれる。これに限らず、サブカルチャーに愛の無い戸田奈津子の誤訳連発字幕にはうんざりだが)。気の利いた台詞も楽しい。笑わせた後に屋内で雨を降らせたりでロマンティックな場面のこしらえ方もさすが。笑わせどころや泣かせどころを心得ている。さすがキャメロン・クロウ


スーザン・サランドンは出番が10分ぐらいなのに、新鮮さを失わない楽しい演技を披露し、現役の大女優の証しを見せてくれる。カースティン・ダンストも、多少変わった女性を生き生きと演じている。下手すると押し付けがましい役柄を、親しみやすい個性で楽しいものとしているのだ。問題はオーランド・ブルーム。イギリス英語を消して喋ったりで頑張っているが、いつものことながら青臭く、演技に表情がなく単調なのだ。サランドンやダンストに比べ影が薄い。但しこういったさらりとした主人公振りは、キャメロン・クロウ世界との相性として悪くない。その世界は、常に女の子に導かれる男の子の映画、なのだから。


1つ1つのパズルのピースは素晴らしいのにバラバラな映画。それが『エリザベスタウン』だ。キャメロン・クロウ自身の才能の片鱗は散見されるものの、再生は次回に持ち越された。


エリザベスタウン
Elizabethtown

  • 2005年 / アメリカ / 123分 / 画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for language and some sexual references.
  • 劇場公開日:2005.11.12.
  • 鑑賞日:2005.11.15./ワーナーマイカルシネマズつきみ野6 ドルビーデジタルでの上映、平日火曜の10時55分からの回、199席の劇場は30人程の入り。
  • 公式サイト:http://www.e-town-movie.jp/ クロウ夫人ナンシー・ウィルソン(元ハート)によるアコースティック・ギター音楽も美しく響くサイト。予告編、壁紙、サントラCD紹介、blogなど。音楽を流しているだけでも心地良い。