イン・ハー・シューズ


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

マギー(キャメロン・ディアス)は30歳の独身で、定職にも付かずにだらしのない生活を送っている。義母に家を追い出されたマギーは弁護士である姉ローズ(トニ・コレット)の元に転がり込むが、ローズの上司である恋人を寝取ってしまい、ローズの激怒を買ってそこからも追い出される。母方の祖母の存在を知ったマギーは、フロリダの老人ホームで祖母エラ(シャーリー・マクレーン)と会い、やがて老人ホームで働くようになる。一方のローズは弁護士事務所を辞めてアルバイトを始める。姉妹は各々で自分の殻を破っていく生き方を知る。


のっけから描かれる、マギーのあからさまな駄目さ加減には辟易した。人のお金を盗む癖がある。人の洋服を勝手に借りて脱ぎ散らかしたり、靴のヒールを壊したりする。冷凍庫にあったアイスのラージカップに牛乳を注いで床にこぼし、掃除や片付けはしない。何事にも責任を負わず、他人に迷惑を掛けても心の痛みも感じない。映画はその心理的背景として、マギーが難読症で教養も無いこと、幼いときに亡くなった実母が精神病であったこと、それに対する実父の行動に誠意が欠けていたことがあった、としている。そういった事情を知っても、マギーにはいらいらさせられる。彼女に振り回されるローズの方にまだ同情した。


ローズはエリート街道を進んでいるが、寂しさや心の空虚さを満たす為にクローゼットに大量の靴のコレクションをしている。履くこともなく、ただ靴でクローゼットを埋めるだけ。容姿に自信も無く、恋人も居ない。ベッドを共にした上司の寝姿を、記念と称してデジカメで撮影する可笑しさ哀しさ情けなさ。


人生の行き詰まりに無自覚であろうがなかろうが、どうしたら良いのか分からないヒロインたちを描いた前半は、さして物語が弾む訳ではない。それでも監督のカーティス・ハンソンは『L.A.コンフィデンシャル』(1997)以降の好調さを持続させている。派手さに欠けていも、左程魅力的に描かれていなくとも、ヒロイン2人に付かず離れずで、細かい描写の数々に笑いと苦味を滑り込ませる丁寧な演出は、観客の興味を持続させる。


映画が後半になって舞台が寒冷なフィラデルフィアと温暖なフロリダに分離してから、自然と登場人物たちが観客の心に馴染んでくる。一歩前に出て新たな道を歩み出したヒロインたちは、徐々に隠された才能や魅力を開花させていく。特に印象的なのは、犬の散歩アルバイトを始めたローズが、数匹の犬を連れてフィラデルフィアミュージアム・オブ・アートの階段を駆け上る場面。ロッキー・バルボアが駆け上がって両腕を振り上げたあの階段で見せる、トニ・コレットの生き生きとした表情は爽快感がある。


こういった描写の積み重ねの上手さも、今までは役者として評価出来なかったキャメロン・ディアスと、さすがに上手いトニ・コレットの好演も、映画に弾みを付ける。中でも求心力があるのは、祖母役シャーリー・マクレーンだ。自制心があり、自分の過去の過ちを認め、それに心を痛めることの出来る女性役を、自然に自分に引き寄せている。先日の『奥さまは魔女』(2005)のオーヴァーアクトも楽しめたが、こちらの押さえた演技も素晴らしい。しかも画面が華やぐ。映画の後半は彼女の行動が鍵を握ってくるのだ。


ヒロイン2人の生き方の変化と共に、映画が始まった時点で既に離散していた家族が徐々に再生されていく。姉妹、その実父、祖母。彼女ら/彼らは皆、痛みを抱いているが、治癒されていくに従って家族がまた1つになっていくのだ。これを映画の背景としているところに、登場人物の描き込みの深さがあろうというもの。


それでは、直訳すれば「彼女の立場で」となるタイトルは何を示すのだろうか。


映画には重要な小道具として靴が幾度となく登場する。クローゼットいっぱいの靴。ヒールが壊れた靴。マギーが老人たちの為に選ぶ靴。それらはヒロインたちの心理的な象徴となっている。そして終盤、祖母のエラが結婚式用にと孫娘に渡す靴がある。祖母は靴を渡すときに、しっかりと言い添える。「返してね」、と。


家族の再生が祖母の行動によってもたらされたものであり、結婚式という新たな家族を迎える儀式でもさりげなく彼女の力を描写しているところから、これは祖母の靴の内・・・手の内での物語とも解釈出来る。だから主人公はマギーとローズだけではなく、母親不在の家族の中で全ての母親としての存在を取り戻して(彼女は死んだ母親の母でもある)、扇の要となった祖母エラでもあるのだ。


イン・ハー・シューズ
In Her Shoes

  • 2005年 / アメリカ / 131分 / 画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for thematic material, language and some sexual content.
  • 劇場公開日:2005.11.12.
  • 鑑賞日:2005.11.12./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9 ドルビーデジタル上映での上映。公開初日土曜21時15分からの回、240席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.foxjapan.com/movies/inhershoes/ 予告編、キャメロン&トニ来日記者会見採録、プロの靴デザイナーによる”幸せを呼ぶ靴”プレゼント・キャンペーン、BBSなど。