愛についてのキンゼイ・レポート


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

キリスト教に凝り固まった厳格な父親によって、セックスは悪だと叩き込まれた昆虫学者アルフレッド・キンゼイ博士(リーアム・ニーソン)は、処女の妻クララ(ローラ・リニー)との新婚初夜を惨めな結果に終わらせた。これは、性に関する正しい知識がきちんと教育されていなかったせいだ。それでは自分が正しい性教育者になろう、と大学での講義を受け持ったのをきっかけに、やがてアメリカ人の性行動を膨大なインタヴューによってデータ化、アメリカ人の性意識を白日の下にさらす。俗に言うキンゼイ・リポートは、第二次大戦直後のアメリカに衝撃を与えたのである。


秀作『ゴッド・アンド・モンスター』(1998)の脚本&監督や、『シカゴ』(2002)の脚本を担当した、ビル・コンドン脚本&監督作品。主演2人に芸達者を揃え、キンゼイ博士の助手たちに、『K-19』(2002)で注目の新進ピーター・サースガード、加えて久々のティモシー・ハットンクリス・オドネルらが出演している。ラストに登場する重要な老婦人役には、『ゴッド・アンド・モンスター』で家政婦を演じていたリン・リッドグレイヴ。他にもジョン・リスゴーオリヴァー・プラットティム・カリーウィリアム・サドラーと、個性的な、時に怪しい顔つきの男優を揃えており、その顔ぶれを眺めるだけでも楽しめる。


役者は皆熱演で見応えあり。力強いニーソンの演技は特筆ものだ。講義場面の迫力なども含めて全般に緩急つけた演技はさすが。対するローラ・リニーも負けていない。自らの混乱と受容をリアリズムで演じている。この人も、現在絶好調なのではないか。夫婦と関係を持つバイセクシュアルの助手役サースガードは、妖しげな視線で説得力がある。


コンドンの脚本は緻密な構成だ。インタヴュー演習として、聞き手役の助手たちの相手をするキンゼイ博士のモノクロ映像から始まり、やがて過去のカラー場面へと繋がっていく。ここから繰り広げられるのは、極端な行動を取る学者の様。何でも体験しなくてはとばかりに、同性愛やスワッピングまで体験するキンゼイ博士には、驚かされるやら呆れるやら。研究に没頭して性に肉薄する余りに、いわゆる常識から乖離していく博士への映画のスタンスが、鋭く、面白い。博士を神格化するのではなく、その行動を赤裸々に、特に苦いユーモアも込めた描写はパワフルだ。こういったところが、映画を優れた娯楽ドラマとして成立させている。またコンドン自らもゲイということで、ゲイ・マイノリティーへの目配りも印象的。シカゴのゲイ世界やラスト近くのインタヴュー場面等に、表われていよう。


映画のテーマは明快だ。曰く、個性は素晴らしい。これは博士が研究対象であるハチの素晴らしさ説く序盤でさらりと明かされている。


苦心した跡が伺える邦題は、観客をテーマからミスリードする恐れさえある。何しろこの映画は、「愛について」ではなく「セックスについて」のリポート、なのだから。それを恣意的に取り違えて解説したパンフレットや広告媒体も、何だか違うんじゃないか、と思ってしまった。異性愛だろうが同性愛だろうが、性の嗜好や行動も千差万別。それが人間。だから人間って素晴らしい、となっていくのに。


日本の劇場で恐らく初めて、男性器・女性器及びその結合が大写しになるという、画期的な映画でもある。講義でのスクリーンに映されるそれらは、ボカシ無しでもOKのよう。その一方でサースガードの全裸は何故かダメという、理解に苦しむ修正もある。ま、映倫が少しずつ前進しているのは良いのだけどね。


愛についてのキンゼイ・レポート
Kinsey

  • 2004年/アメリカ、ドイツ/カラー/118分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for pervasive sexual content, including some graphic images and descriptions.
  • 劇場公開日:2005.8.27.
  • 鑑賞日:2005.9.16./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘7 ドルビーデジタルでの上映。金曜21時35分からの回、170席の劇場は15人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.kinsey.jp/ キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、予告編、多彩なゲストを招いてのトーク・イヴェント採録(全12回の内9回掲載)など。