ザ・エージェント


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

主人公は巨大スポーツ・エージェンシーSMIの辣腕エージェント、ジェリー・マグワイアトム・クルーズ)。あこぎな商売に疑問を持ち、良心から変革の提言書を会社に提出するも、クビになってしまう。付いて来たのは会計係のドロシー(レネー・ゼルウィガー)のみ。クライアントも、小柄で口うるさい二流アメフト選手のロッド(キューバ・グッディング・ジュニア)以外は、全てSMIに取られてしまった。良心に目覚めたジェリーの困難な船出は、この先どうなるのか。


『シングルス』(1992)、『あの頃ペニー・レインと』(2000)といった佳作・秀作を発表している監督・脚本家キャメロン・クロウの代表作。これが彼自身の最大のヒット作となったのは、主演である大スターの威光があろう。その大スター、トム・クルーズにとっても、現時点ではこれが1番の出来映えではないだろうか。


そのトム・クルーズは、誰かが歯止めを掛けてやら無いと、どこまでも大袈裟な演技を披露してしまう傾向がある。『ア・フュー・グッドメン』(1992)の、1場面1場面ごとに感情の起伏が異常に大きい演技なぞ、その最たる例。あれは全編、殆どギャグになっていた。それを逆手に取ったのがこの映画だ。喜怒哀楽の激しさや、決まり過ぎのポーズなどをギャグそのものに転化させる、という逆転の発想で消化している。切羽詰ったジェリーが、シャワールームで「Help me...help you. Help me, help you」とロッドに必死の形相で請う場面。ドロシーが寝室のドアを開けると、キメキメのポーズで待ち構えている場面。どれもこれも、思わず相手が吹き出すのも当然とばかりに可笑しい。それもスター、トム・クルーズの威光ならではのギャグだ。


主演スターが相当に目立っていても、ワンマン・ショーにはなっていない。他の俳優たちが自分の役を引き寄せ、光らせている。


これで注目されたゼルウィガーの、「世界一老けた26歳」のシングルマザー。一挙手一投足に力が入っているのに、それが演技ではなく地ではないかと思わせるグッディング・ジュニア。スポーツ選手の妻ゆえの不安と高揚を演じたレジーナ・キング。妹ドロシーを思う故、冷静にジェリーに辛らつな言葉を投げかけ(「You fuck this up, I'll kill you. 」)、それが可笑しいボニー・ハント。ジェリーからクライアントを奪う卑怯な後輩役で、絶好調なジェイ・モーア。過剰なまでにパワフルで上昇志向な、ジェリーの婚約者役ケリー・プレストン。ひたすら愛らしい5歳の少年、ジョナサン・リプニッキ。


彼らの演技が凝縮されているのはコメディならでは。そのうえ生き生きとしていて、映画に活気を与えている。中でもグッディング・ジュニアはダントツに良い。ロッドを単に文句たらたらの男ではなく、憎めないどころか愛嬌のある男として演じている。「Show me the money!!!」の大爆笑場面は、台詞を絶叫するクルーズだけではなく、煽り立てるグッディング・ジュニアのノリが良い台詞回しのお陰でもある。映画史に残る名場面を創り上げたのは、グルーヴだったのだ。


登場人物も多く、エピソードも多岐に渡っている為に、上映時間は2時間20分近くと長尺である。ロマンティック・コメディ映画としては長いし、内容盛りだくさんゆえ、下手をすればまとまりさえ無くなる危険をはらんでいる。そんな映画を繋ぎ留めているのは、クルーズのスター・パワーだけではなく、キャメロン・クロウの丁寧な演出と脚本だ。細部まで詰められた登場人物像は面白く、演技だけではなく、時に口汚くとも「活きた」台詞によっても楽しめる。先に挙げたような単純ながらも印象に残るものも含めて、台詞の書けた脚本のお手本そのもの。合間に挿入される、スポーツ・エージェントの草分けである故ディッキー・フォックス(という設定)が観客にいちいち面白い格言を吐くし、クライマクスの「You complete me」に至るまで、全ての台詞がさり気無くも研ぎ澄まされている。が、見逃してならないのは、常にぶれないクロウの首尾一貫した視点が、スター・パワーに負けない映画の主張となっている点だろう。


スポーツ・エージェント界を舞台にしている映画は大変珍しく、恐らくハリウッドでは初。この後も聞かない。しかし業界裏話を主眼にした作品ではないので、観客によっては目当てが外れるかも可能性がある。また、最後は善人の主人公が報われる、伝統的アメリカ映画の範疇にあるだけの作品だ、と切り捨てることも出来よう。それでもこの映画が独創的なのは、舞台設定ではなく、独自の構成を持った脚本にあると言いたい。芝山幹郎が書いた通り、あこぎな人間が最後に良心に目覚めるのが普通なのに、この映画では主人公が最初に良心に目覚め、その後どうなるか、という構成を取っている。でも、「理想を抱く主人公が現実の壁にぶつかり、悪戦苦闘する、クロウ作品らしいテーマだ」と考えれば、このプロットも必然だと思う。言わば、作家性が独創性を生み出した作品なのではないだろうか。


そうなると、ラストは明確なハッピーエンディングだ、とは断言出来ない。あの後、彼らには苦難が待ち構えているに違いない。仕事でも、家庭でも、悩みや苦労が絶え無いかも知れない。それでも人生は続いていくし、生きがいがある。劇中の台詞通り、このシニカルな世の中で楽天主義も悪くない。前向きな人生賛歌を喜怒哀楽で塗し、見事エンタテインメントとして昇華したクロウの手腕の素晴らしさ。観終わった後に元気が出る、空騒ぎでなく充実した想いをもらえる映画として、お薦めである。


ザ・エージェント
Jerry Maguire

  • 1996年/アメリカ/139分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for language and sexuality.
  • 劇場公開日:1997.5.17.
  • 鑑賞日:1997.5.29./渋東シネタワー2 ドルビーデジタルでの上映。今回のDVD鑑賞(2005.7.29.)は、自宅でのドルビーデジタル上映。