ショーン・オブ・ザ・デッド


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

毎日を怠惰に暮らす30歳手前のショーン(サイモン・ペッグ)は、恋人のリズ(ケイト・アシュフォード)、母や義父(ビル・ナイ)との関係もぎくしゃくしがち。遂にはリズに愛想を尽かされてしまう。行きつけのパブでダメ親友のエドニック・フロスト)と飲み明かし、傷心を癒そうとするも、一夜明けると街は人間の生肉を食らうゾンビに覆い尽くされていた。愛するリズ、母を守るために、ボンクラ男のショーンは、今、立ち上がる!!


オリジナルのキャッチ・コピーがふるっている。


A Romantic Comedy. With Zombies.


これは正しい。


ジョージ・A・ロメロの名作『ゾンビ』(Dawn of the Dead / 1978)へのオマージュに溢れたこの映画は、ホラー好き、コメディ好き、イギリス映画好きにとって、色々と楽しめる仕上がりになっている。


映画の序盤は、ショーンがリズとのぎくしゃくした関係を必死に修復をしようとするも、上手くいかない様が描かれる。状況を打開すべく次々と手を打つも、やることなすこと全てが裏目に出てしまうのは、『ゾンビ』やその前編『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968)の展開そのまま。かくして恋愛コメディとロメロ映画へのオマージュの相性は、出だしからして良い訳である。


実際、『ゾンビ』のリメイクと称しながらも、プロットだけもらって全く違う軽薄な映画に仕上がった『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004)より、こちらの方が『ゾンビ』の持っていた精神に忠実だ。つまり、各人の性格設定やドラマを押さえ、のっぴきならない状況を皮肉や風刺を交えて描くこと。人間性を主眼にしたサイモン・ペッグと監督エドガー・ライトによる脚本は、台詞も含め細部までしっかりしていて、中々良く出来ている。


映画は、恋人や親友、親との関係を面白可笑しく、時にシリアスに描きながら、いい歳して大人になり切れないダメ主人公が、成長して男となり、恋人との関係を修復していく点に絞っている。この根幹が最後まで崩れない為に、映画は安心して最後まで見られるようになっている。主人公が変わらざるを得ない危機的状況としてゾンビが出てくるコメディ。それがこの映画なのだ。


プロットをもらった点では、こちらも『ドーン・オブ・ザ・デッド』同様である。生ける死者に覆われつつある世界で、主人公たちが武装し、篭城するのだから。それがイギリス流にローカライズされているのが面白い。アメリカでは銃だったら、こっちはクリケットのラケットだ。立て篭もるのに快適で食料もある場所が、アメリカではショッピング・モールなら、こっちはパブだ。スケールが小さくとも、オリジナルをなぞっているし、しかも結局は行き着けのパブというのが、どんな状況下でも日常を頑なに守ろうとするイギリス人気質らしく、可笑しい。


ゾンビ映画としても出来は良く、幾つかの定番も押さえている。ふらふら、よろよろ歩くゾンビの群れは、最近の走るゾンビと違って古典を守っている。ゾンビが人間を引き裂いて食べちゃう場面など幾つかの残酷描写もあるものの、映画の雰囲気のせいかカラッとしていて、陰湿で無いのも宜しい。かつて愛した者を自らの手で倒さなくてはならない悲痛な場面もあり、ドラマ性が希薄だった『ドーン〜』よりも、コメディであるこちらの方がよっぽど印象に残る。


映画はコメディとして始まり、ホラー色に染まる展開を見せながらも、緊張の中に笑いを忘れない。やがて迎えるクライマクス。パブで繰り広げられる対ゾンビ戦は、ユーモアもありつつシリアス調で、手に汗握る場面となっている。


エドガー・ライトの演出は快調。異変にまるで気付かないニブい主人公の描写も含めて笑わせてくれる。不気味さや恐怖も映画の根底に流すことを怠らず、コメディとしてもホラーとしても成立させているのが立派だ。意外にも内容盛りだくさんなのに、1時間半強とコンパクトにまとめているのも良い。音楽の使い方もセンスが感じられ、クィーンの『Don't Stop Me Now』が流れるくだりなど、アクションと音楽が相まって、『時計じかけのオレンジ』(1971)の『雨に唄えば』を彷彿とさせる優れたミュージカル場面にさえなっている。『ゾンビ』の楽曲への目配せもあるし、イギリス映画らしいオチに流れるのは、これまたクィーンの『You're My Best Friend』。おぉ、友情って素晴らしい。

アホ親友同士を演じるサイモン・ペッグニック・フロストも息が合っていて、いかにも長年連れ添ってきた男同士という感じが出ている。フロストの傍若無人振りも笑えるが、ペグがしけた風情と勇ましい場面を違和感無く演じていて、笑いと活劇の橋渡しをしてくれる。出番は少ないものの、出るとその場をさらうショーンの義父役ビル・ナイは、相変わらず強烈。ジェナ・エルフマンをちょいと美人に近付けたようなリズ役ケイト・アシュフィールドも好演だが、やはりこの映画は男の映画、男の子の映画なのだ。


リメイク版よりも『ゾンビ』への敬愛の念が感じられ、パロディとしても1本の映画としても優れているこの作品。夏のお笑い兼納涼鑑賞として、お薦めしたい。


ショーン・オブ・ザ・デッド
Shaun of the Dead