バットマン ビギンズ


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

大富豪の息子ブルース・ウェインクリスチャン・ベイル)は、少年時代に両親を目の前で殺されたトラウマを負っていた。ウェインは父の企業を相続するも、大学を抜けて世界中を放浪する旅に出る。やがてヒマラヤ山中で己の生きるべき道を見出した彼は、悪と腐敗が横行する大都市ゴッサム・シティに帰還する。バットマンとして悪を叩き潰す為に。


ティム・バートンが作り上げ、ジョエル・シューマカーが台無しにしたダークなバットマン・シリーズは、イギリス人監督クリストファー・ノーランの手で生まれ変わった。結論から言うと、今まで以上にダークで暴力的で恐怖に満ちており、そして1番の出来だ。


メメント』(2000)、『インソムニア』(2002)といった、トンがったスリラーの小品を監督してきた若手ノーランは、初の大作でも物怖じせず、個性を奪われることもなく、むしろ自らの持ち味を生かした堂々たる映画を作り上げた。その趣きは、荘厳で複雑なゴシック建築そのもの。がっちりした主人公の描写。恐怖映画と見まごう数々の場面。出血こそ無くとも暴力的な内容。ザラザラした独特の手触り。時制を前後させる凝った構成。さらにはバットマン登場まで1時間も待たされるなどの特異な作風は、口当たりの良い「普通の」娯楽映画を期待した観客に受け入れられない可能性もある。が、後述するように、実は正統派ヒーローものに仕上がっているのが面白いところだ。


ノーランの大作アクション初挑戦ゆえ、懸念された格闘場面などでの描写は、最近流行りの近接撮影主体の細切れ編集で、何が何やら分かりづらいものとなっているのが欠点だ。暗闇で何者かによっていつの間にか叩きのめされている悪党どもの主観で描いている場面では、これはありだろうが。むしろ後半にある、装甲車のようなバットモービルを使った豪快かつ迫力満点のカーチェイスなどに、観るべき点がある。


やはりこの監督の本質は、やはりアクションではなく恐怖や不安なのだろう。幾度となくブルース・ウェインに襲い掛かるトラウマ。薬物による禍々しい幻覚。街に放たれた狂人たちのゾンビのような群れ。ノーランは恐怖、不安、狂気を特撮で映像化するアプローチを取った。そもそもブルース・ウェインバットマンを創り出したのも、正義のシンボルとしてではなく、悪党どもに恐怖心を叩き込む為と理由付けしている。この新解釈は面白い。


ノーランとバートンあるいはシュマーカーらのバットマン映画との大いなる相違点は、悪役よりもバットマンを完全に主人公にしていることだ。主人公をバットマンと明確化したことにより、コスプレ大会から抜け出したような悪党どもは消え、現実に近付いた。その分恐ろしさも現実感を伴って来る。但し、自らの闇を乗り越えた主人公ゆえ、ティム・バートン版による『バットマン』(1989)よりも、ブルース・ウェイン心理的暗さは抑え目となっている。


この映画の鑑賞後の印象がバートン版に比べて明るいのは、希望のあるエンディングだけではなく、テーマの違いにもよる。バートン版では、社会から疎外された少数派もしくは弱者の、闇と悲しみがテーマだった。彼らは自らの闇と悲しみを乗り越えられず、結局は己に飲み込まれてしまう。そこには復讐こそあれど、正義は無かった。しかし今回のブルース・ウェインは内なる強烈な復讐に振り回されるものの、やがて復讐と正義の違いを学び、正義を行うようになる。現在のアメリカ政府が、正義の名を借りた復讐に足元をすくわれそうなのと対照的だ。ここで描かれる正義は理想化されたものであり、よってヒーローものとしては結果的に真っ当な作品となった。個性を生かしつつもハリウッド大作映画にもなっている点で、クリストファー・ノーランのしたたかさが浮き彫りになっている。


脚本を書いたのは、『ブレイド』シリーズなどのデヴィッド・S・ゴイヤーとノーラン自身。先日の『ブレイド3』(2004)でがっかりさせられたゴイヤーに不安を覚えたものの、ノーランとの共作とあってか、適度にリアルなコミック映画になっている。全体にかなりシリアスだが、時折挿入されるユーモラスな台詞も面白い。


ウェインを演じるクリスチャン・ベイルは、暗めの個性を生かしながら、若々しいブルース・ウェイン像を作り上げた。世間向けのへらへらとニヤけたプレイボーイと、闇に潜む狩人の二面性を自然に演じ分け、ベストのブルース・ウェインとして印象付ける。その周りを固めるのが、マイクル・ケイン、リーアム・ニースン、モーガン・フリーマン、ゲリー・オールドマン、渡辺謙ケイティ・ホームズキリアン・マーフィ、トム・ウィルキンスン、ルトガー・ハウアー、ライナス・ローチ、レイド・セルベッジアら。ちょい役にまで個性的な演技派をやたらと揃えている。鑑賞前には無駄に豪華な配役に終わっていないかと思われたが、それぞれ個性が生きるようになっていた点が評価出来よう。特に執事アルフレッド役のケインの厳格と軽妙。主人公の師であるニースンの温情と非情。ウェイン社幹部役フリーマンの賢明。それに、もっさりした普通のおじさん警官を演じているオールドマンの軽さが嬉しい。日本限定でポスターにでかでかと名前の出ている渡辺謙は、登場時間もわずかなので、ゆめゆめ期待なさらないように。それでも眼に力のあるところを見せる。


大人も楽しめる出来の良い夏休み大作映画として、強くお薦めしたい作品だ。


バットマン ビギンズ
Batman Begins

  • 2005年/アメリカ/140分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):PG-13 for intense action violence, disturbing images and some thematic elements.
  • 劇場公開日:2005.6.18.
  • 鑑賞日:2005.6.18./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1 ドルビーデジタルでの上映。公開初日土曜20時50分からの回、452席の劇場は8割程度の入り。日米同時公開の超大作でも満席にならないところに、このシリーズの日本での人気度が分かろうというもの。
  • 公式サイト:http://www.jp.warnerbros.com/batmanbegins/ ポスター・ギャラリー、予告編、スタッフ&キャストへのインタヴュー、執事アルフレッドが紹介する秘密兵器の数々、六本木でのワールドプレミア・リポート、来日記者会見採録ビッグローブ、eiga.com、eXcite、MovieWalker、TSUTAYAらによるWEBキャンペーンなども。大作だけあって内容盛りだくさん。