海を飛ぶ夢


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

船員だったラモン・サンペドロ(ハビエル・バルデム)は25歳のときに干潮の浅瀬に飛び込み、首から下が不随の身となってしまった。それから25年。ラモンは尊厳無き生に自ら終止符を打つ権利を得るべく、裁判を起こすことにする。彼の元に弁護士としてやって来たのは、不治の進行性の病を持つジュリア(ベレン・ルエダ)だった。


尊厳死という難しいテーマを扱った映画は、若々しく、同時に老成した仕上がりとなっている。


殆どベッドに寝そべっているだけの主人公を中心に据えながら、映画は鈍重さから決別しようとの強い意志が感じられる。紋切り型の言葉を並べ立てるだけのカトリック司祭との滑稽なやり取り、といった場面に代表されるように、時にはユーモアさえ交えて軽快なときすらある。多彩で的確な人物描写は魅力的。時に辛らつ、時に包容力のある頭脳明晰なラモンに惹かれていく女性たち。ラモンを世話する兄夫婦と、若さ故の軽薄さを持つその息子。老いたる己よりも先に、自らの死を望む息子を見守るしかない、しかし悲しみを抱えた無口な父。尊厳死を幇助するグループのメンバー。ラモンと周囲の苦悩を前面に押し出しつつも、明るさも交える。彼らの間に醸成される関係は、親子、恋人といった繋がりだ。血の繋がりや肉体関係は存在しなくとも、紛れも無く彼らは親子であり、恋人同士だ。そこには閉鎖された空間を感じさせない、恋愛に留まらない幾重ものラヴ・ストーリーがある。


映画的なのは多彩な人物だけではない。ラモンの過去や幻想を交え、時に映画は飛ぶ。空想の中では、ラモンは窓から空に飛び、山を越え、愛する女性のいる海岸へと降り立つことが出来る。このシークェンスは、横長のスコープ画面の効果もあって、息を呑む美しさと感動がある。身動き1つ、手の指すら動かせなず、ベッドに囚われた肉体の持ち主であっても、精神は囚われていない。空想の中での飛翔は、ラモンにとって真実でもあるのだ。


どのような死を選ぶか、というのは、どのような生を選ぶのか、と同義でもある。尊厳ある死とは何か。尊厳ある生とは何か。生とは、死とは、権利なのか。それとも義務なのか。映画はこの命題を観る者に突き付ける。


監督は『アザーズ』(2001)のスペインの若き俊英、アレハンドロ・アメナーバル。内容を盛り込み過ぎて、やや構成に不安を覚える箇所や中だるみする箇所もあるが、パワーでまとめ上げた。彼自身による音楽も美しい。これは人間洞察に富み、辛らつで優しく、力溢れながら穏やかな映画だ。この性格は、映画の求心力となったラモン役ハビエル・バルデムの演技そのものでもある。凝った外観も演技の手助けとなっている。逞しい肉体と黒々とした髪を持つ、若い目を持つ姿。筋肉が落ちてベッドに横たわり、髪の毛が禿げ、白髪になり、遠くを見据えて達観した姿。これらの対比は高度なメイクアップの力を借りてはいるものの、バルデムの殆ど首から上の演技で表現されていて、全く素晴らしい。


アメナーバルの監督としての力量と、バルデム以下の俳優たちの心の篭った演技によって、映画は忘れがたい秀作となった。見応えのあるドラマ作品でありながら、秀逸なラヴ・ストーリーものとしても見るべき点が多い作品。機会があったら、是非。


海を飛ぶ夢
Mar Adentro

  • 2004年/スペイン、フランス、イタリア/125分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense depiction of mature thematic material.
  • 劇場公開日:2005.4.16.
  • 鑑賞日:2005.5.1./TOHOシネマズ海老名7 ドルビーデジタルでの上映。土曜17時30分からの回、145席の劇場はチケット完売。
  • 公式サイト:http://umi.eigafan.com/ 予告編、BBS、アメナーバル来日記者会見採録、壁紙など。