キングダム・オブ・ヘブン


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

12世紀フランス。妻子を亡くした鍛冶屋の青年バリアン(オーランド・ブルーム)の元に、十字軍騎士ゴドフリー(リーアム・ニーソン)が現れた。彼は、自分がバリアンの父だ、と言うのだ。高潔な騎士であるゴドフリーは、ボードワン4世(エドワード・ノートン)が治める、あらゆる宗教に開放されている王国エルサレムに向かう途中だった。バリアンは父に付き、聖地を目指す。彼は父の土地を継いで自らの領地として治め、エルサレム国王女(エヴァ・グリーン)との恋も経験する。やがて狂信的な十字軍たちによるサラセンへの殺戮により、戦争が勃発。バリアンはサラセン軍に包囲されたエルサレム王国の民を守るために立ち上がる。


グラディエーター』(2000)の監督リドリー・スコットの新作、と宣伝するにはやけに厚みに欠ける作品だ。あちらは、剣闘士にまで身を墜したローマ帝国将軍の復讐物語、とマカロニ・ウェスタン調だった。それに比べこちらは、1人の青年が騎士たるものが何たるかを学んで成長していく姿に、美しい王女との恋なぞを絡め、キリスト教社会とイスラム教社会の激突を描いており、話のスケールは遥かに壮大にも関わらず、だ。理由は、脇役に至るまでスターや芸達者をずらり並べたのに、『グラディエーター』に比べて人物描写が書割のように薄いからだ。ジェレミー・アイアンズや、素顔を見せないエドワード・ノートンといった新旧演技派スターに、ここのところ大作の脇役で強烈な印象を残すブレンダン・グリーソン、器用なデヴィッド・シューリスといった面子も、どうにも見せ場が無い。その中で唯一、サラセンの王サラディンを演ずるハッサン・マスードは、貫禄たっぷりで素晴らしい。


主人公バリアンの、わらしべ長者もかくやというくらいに調子の良い立身出世物語は良いとしよう。しかし、そこに裏打ちするだけの説得力のある描き込みや葛藤が、絶対的に不足している。『グラディエーター』が、明らかに不出来だった脚本でも主人公のドラマとして説得力があったのは、クロウの大熱演によるところが大きかった。そのクロウに比べて表情が乏しいオーランド・ブルームには、超大作の屋台骨を背負うにはまだ荷が重かったように見える。相手役エヴァ・グリーンと共に、若くてセクシーな美男美女の取り合わせは悪くなかったのに。


思うに、人物描写も役者の力量に寄りかかっているだけで、元々さほど得意でも無かったスコットの資質にも原因があるのだろう。上映時間を2時間半内に収めるべく、ドラマ部分をカットされたに違いないのも考えられる。また、公開に合わせて完成を急いだ製作体制にも問題があろう。


急場しのぎに近かった編集は、映画に残存する時間切れの刻印が証しとなっている。後半の重要なドラマ部分に、ジェリー・ゴールドスミス作曲の『13ウォリアーズ』(1999)の音楽を堂々と使い、他にもグレアム・レヴェルの『ザ・クロウ』(1996)、マルコ・ベルトラミの『ブレイド2』(2002)、『ハンニバル』(2001)のオペラ調の曲など、他の映画から曲を多数流用しているようだ。これはぎりぎりまで編集していた為、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ作曲の改変に間に合わなかったから、と思われる。無論、ゴールドスミスの不興を買った『エイリアン』(1979)、『レジェンド/光と闇の伝説』(1985)音楽差替え事件の通り、音楽に流れる感情や統一感に理解の無いスコットらしい、無様な印には違いない。


このように欠点が多い作品だが、見所は多く、戦記アクション映画として観れば楽しめる。期待に違わずアクション場面や戦闘場面は迫力満点。騎馬戦、白兵戦など、戦闘描写の数々はダイナミックだ。特に映画の後半に用意された一連の戦闘場面は壮大な見せ場となっている。数と装備で絶対的優位を誇るサラセン軍と、バリアンらが立て篭もったエルサレムの城塞都市との攻防戦は、攻城兵器の数々を繰り出すサラセン側と、知恵でもって防戦・反撃するバリアン側らの力と知恵の戦いとなっていて、見応えたっぷり。近接描写と遠景描写の編集タイミングも宜しく、かなり迫力がある。こういった大掛かりな描写の一方で、序盤にあった鎖かたびらに油を塗り込む騎士を背景にさりげなく配置する映像など、時代の再現にも努めているこだわりも、リドリー・スコットらしい。


この映画で最大の功績は、戦争は何故起こるのか、そこに至るまでのメカニズムをきっちり描いて見せたことだ。刻々と変わる複雑な展開を平易に伝えているのは、語り部たるスコットの力量でもある。またキリスト教社会とイスラム教社会との戦いを描きつつも、西欧側からの一方的な映画ではない。作者たちに両社会への批判だけではなく敬意があるのは、ぎりぎりまで戦争を回避しようとするボードワン4世とサラディンの威厳ある描写に明らかだ。そして彼ら同様に民の命を尊ぶ決断を下すバリアンに、作者たちの平和への願いが込められていて、ほっとさせられる。


※付記:本作のディレクターズ・カットは各人物の設定や描写が掘り下げられており、見応えが増している。劇場版よりも遥かに出来が良い。リドリー・スコットの傑作の1つに数えられるであろう。また劇場版で誤記の多かった字幕も修正されているので、内容も理解しやすくなっている。


キングダム・オブ・ヘブン
Kingdom of Heaven