エターナル・サンシャイン


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ジョエル(ジム・キャリー)は、喧嘩別れした恋人のクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が自分に関する記憶を消去してもらったことを知る。大きな衝撃を受けた彼は、同じくクレメンタインとの記憶を消去してもらうことにするが、その思い出が如何に大切なものだったか消去中に気付く。消されたら、彼にとってクレメンタインは存在しなかったことになってしまう。消去に対抗すべく、脳内でジョエルは奮闘するが。


映画の半分以上が脳内での冒険という独創性溢れる脚本を書いたチャーリー・カウフマンは、『マルコヴィッチの穴』(1999)、『ヒューマン・ネイチュア』(2001)、『アダプテーション』(2002)と、一風どころか相当に個性的な作風で知られている。本作では、『ヒューマン・ネイチュア』の監督ミシェル・ゴンドリーと再び組み、自身の脚本作で最高の映画を創り上げた。


つらい過去や恥ずかしい記憶を忘れたい、とは誰もが持つ願望。ましてや失恋の痛手となるや、その直後は記憶を消し去りたくなるのは当然だろう。それと同時に、記憶というものはいつかは薄れゆく過去のもの。そして映画とは、観た記憶に色々と思いを馳せる過去志向のメディア。だから記憶を扱うというのは非常に映画に合ったテーマなのだが、それだけに下手をすると凡庸にもなりやすいとも言える。モノローグや回想場面を単純に見せられるだけでは、面白くないだろう? 心配ご無用。この映画では、薄れ行く記憶の中で何とか恋人との思い出を残そうとする主人公、という設定が抜群に面白い。


手を握っていた恋人がいつの間にか消失する恐怖。消え行く世界から逃れようと、恋人の手を握って走る主人公の姿は、切ない。


薄れ行く記憶の中で、お互いの必要性を認め合い、結束する恋人たちの姿は感動さえ呼ぶ。それは、恐らく実際にはここまで結びつかなかったであろう2人の、過去の記憶内でさらに理想化された姿だ。その姿を観て、2人の知恵や勇気で何とか状況を打破出来るのか、いや、打破して欲しいと願ってしまう。そしてジョーエル自身は過去から何か学べるのか。あのときああしていれば。このときこんなことをしなければ。記憶を無くすということは、過去を悔やむことさえ出来ないのだ。このような心の琴線に触れる仕掛けや場面が随所にあり、映画は観客の心を掴んで放さない。作りにクセがあっても、過去のカウフマン作品に比べると、やや間口が広いものとなっている証明でもある。


陰気で無口なジョーエルにとって、突拍子も無く自由奔放に振舞うクレメンタインは輝ける存在だった。ゴンドリーとカウフマンの相性も良いけど、ジム・キャリーケイト・ウィンスレットの相性も抜群に良い。不精髭で髪もぼさぼさ、陰気で無口なジョーエル役キャリーは、時折ふと見せる優しさもあって、ドラマ系の映画で見せる誠実さの中でも過去最高の演技だ。珍しく現代娘役のウィンスレットは気分屋の設定で、髪の毛も気分で赤や青や緑に染めたりする役柄。これが思いのほか似合っていて、開放的な演技と相まって魅力的。この一見するとちぐはぐな2人の間で起こる化学反応を見守ろう。


一方で、記憶消去会社社員の脇役たちもさり気無く描き込まれているし、役者も揃っている。演ずるのは、記憶消去システムを創り上げた博士役にトム・ウィルキンソン、受付嬢役にキルスティン・ダンスト、技術者役にマーク・ラファロイライジャ・ウッド。こんないい加減な技術者たちが記憶消去なんてして大丈夫かね、と笑わされる。そして彼ら皆、誰かが誰かに恋をしている。終盤に用意された行動や隠された真実は、それぞれ人間臭い。特にウッド演ずる社員が取っていた行動が印象的だ。人間に対する洞察力と意外性に満ちた脚本は、細部まで作り込まれている。


映画はミシェル・ゴンドリーの独創的で非凡な映像センスが発揮されている。時制を前後させ、自分の記憶の中に自分を登場させ、記憶内の記憶が消し去られる映像は、刺激的だ。強力なカウフマンの脚本に負けていないし、前作よりも笑いは控え目でも、監督としての体力も付いたのか、意外に足腰がすわった映画になっていて、尻すぼみになることなく、最後の最後まで見せてくれる。


このように全体的に上出来の映画なのだが、カセットテープを聴いてからの最後の10分間はちょっと気になった。過去ではなく未来を志向する意味では正しいのだが、もう少し控え目でも良かったのでは。特に最後の5分間は全くの蛇足だろう。記憶の儚さだけではなく、不確かな未来の儚さをも薄めてしまったのだから。


それでも、劇中の台詞から引用された『一点の曇りも無い心の永遠なる陽光』というタイトルも美しいこの映画。是非、一見をお奨めしたい作品である。


エターナル・サンシャイン
Eternal Sunshine of the Spotless Mind

  • 2004年/アメリカ/107分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for language, some drug and sexual content.
  • 劇場公開日:2005.3.19.
  • 鑑賞日:2005.4.15./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9 ドルビーデジタルでの上映。ワーナーマイカル系では4月2日から15日までの期間限定上映。その最終日、平日金曜21時20分からの回、240席の劇場は4割の入りと意外に客が多い。

パンフレットが売り切れだったのは残念。