クライング・ゲーム


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

イギリス軍の黒人兵士ジョディ(フォレスト・ウィテカー)がIRAに誘拐された。見張りのファーガス(スティーヴン・レイ)と仲良くなったジョディは、「もし自分が死んだら、愛する女ディルに会ってマルガリータをおごってやってくれ」と頼む。イギリス軍によるアジト急襲をからくも脱出したファーガスは、身分を隠してロンドンに潜伏する。そこでディル(ジェイ・デイヴィッドソン)に会い、恋に落ちるのだが。


アイルランドの作家/映画監督ニール・ジョーダンの傑作は、アカデミー賞受賞もあって、公開当時は捻りの効いた脚本が主に注目されていたように思う。まぁ確かにトリッキーな映画ではあったが、ことさら「秘密」などと持ち上げなくとも、不幸にも事前に予想が付いてしまった僕のような観客でさえ十分に楽しめた。久々にDVDで見直すと、伏線の張り方(この場合、物語だけではなく心理的なものも含む)や隠喩の滑り込ませ方などに優れた脚本だけでなく、演技や演出も含めてやはり素晴らしい。含蓄のある映画は幾度もの鑑賞に堪えられる。人種とジェンダー、恋と愛(この2つは別物である)といった様々テーマを織り込みながら、緊張とユーモアの匙加減も宜しく、音楽の使い方も工夫し、だらだらすることなく適切なペースで物語を語り、役者たちから素晴らしい演技を引き出し、己の幻想趣味を隠し味にしたニール・ジョーダンの手腕は、全く見事。一言で表すと丁寧。さらに言うと、娯楽と芸術が高次元で結びつき、寓話として美しく着地している。映画好きにとっては、爆発やアクションは小規模でも、そんじゃそこらの底抜け大作より遥かに映画としての醍醐味を味わわせてくれよう。


冒頭のアイルランドでの誘拐場面から思わず見入ってしまうこの映画、その後に続くIRAアジトでのジョディとファーガスの会話劇からして見応えがある。他の冷酷なメンバーと違ってファーガスが善人であることを見抜くジョディが語る、今や語り草となった「サソリとカエルの話」(人間は持って生まれた性(さが)に逆らえないという寓話)も面白い。この序盤は徐々に友情を育んでいく男同士の繋がりもさることながら、もっぱら喋り役のフォレスト・ウィテカーと聴き役スティーヴン・レイも上手く、時間にして30分くらいなのに印象に残る。テロ組織による誘拐/人質事件と事態は深刻にも関わらず、ユーモアも忘れていない。両手を縛られたジョディが小便を足すのをファーガスが手伝う場面で、既にこの映画の根底に流れているものを示しているのも上手い。後ほど展開していく森の中での追跡からイギリス軍襲撃のタイミングも宜しく、こういった呼吸の上手さが、この映画を上質なスリラーとしても楽しめるものにしている。


一転して中盤以降は、ロンドンの下町を舞台にしたファーガスとディルの恋物語になっていくのだが、ここでも人間関係の変化が映画を飽きさせないものとしている。ジム・ブロードベント演ずるバーテンダーを間に挟んでの洒落た台詞のやり取りも楽しい。いやいや、恋愛映画に不可欠な小粋な台詞に事欠かないし、見ているこちらにも微笑が浮かぶ適度なユーモアが嬉しいではないか。美しいディル役ジェイ・デイヴィッドソンも一世一代の演技を披露してくれる。ファーガスの心変わり後も、その優しさに触れて一途になったディルを見ると応援したくなるのだ。


映画の後半は、ファーガスの負の過去であるIRAの台頭となる。ファーガスの愛人だったIRA戦士のジュード(ミランダ・リチャードソン)とディルの互いの嫉妬もはらませ、クライマクスではIRAが企む暗殺計画の進行という外的要因と、各人の感情のもつれという内的要因により、サスペンスが倍加される。刻々と変わる状況の中で、ファーガスとディルの運命を、観客は固唾を呑んで見守るしかない。そして最後に取ったファーガスの行動には心打たれる。仕方ないさとばかりに、全てを許容する優しさをさりげなく表現したスティーヴン・レイの演技も素晴らしい。敵対する筈の男と男の友情物語から始まり、人が人を愛するとはどういうことなのか、という寓話にまで昇華させた作家ジョーダンの卓見に、拍手を送りたい。


この映画の舞台がアイルランドとイギリスなのも魅力の1つと言えよう。誘拐事件の舞台となるひなびた遊園地や(冒頭のタイトルバックの横移動撮影が秀逸)、ごったがえしたロンドンのパブ、芝生の上でクリケットに興じる人々といった光景が映し出され、これら湿気のある映像も良い。そこに被さるのが選び抜かれた楽曲。パーシー・スレッジが歌う『When a Man Loves a Woman』に始まり、ライル・ラヴェットが女心を歌った『Stand by Your Man』をエンディングに流し、エンドタイトル後半に流れるボーイ・ジョージペット・ショップ・ボーイズの『The Crying Game』で締める、といった歌の使い方にも抜群のセンスが見られる。単に歌モノを垂れ流しているのではなく、歌詞や歌手が内容に密接しているのである。これらポピュラー・ミュージックと、元ジ・アート・オブ・ノイズのアン・ダドリーによる、緊張感のある小規模オケ音楽との対比も鮮やか。


ジョーダンはこの後、IRAの母体となった組織創設に関わった男の半生を映画化した力作『マイケル・コリンズ』(1996)や、グレアム・グリーンの小説を映画化した佳作『ことの終わり』(1999)などを発表するが、やはり『クライング・ゲーム』が抜きん出ているように思える。


クライング・ゲーム
The Crying Game

  • 1992年/イギリス、日本/カラー/112分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):R指定
  • MPAA(USA):Rated R for sexuality, strong violence and language.
  • 劇場公開日:1993.6.19.
  • 鑑賞日:2005.3.22./自宅にてDVD鑑賞