Ray/レイ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


2004年に亡くなったレイ・チャールズが大御所なのは知っていたけれども、ぱっと思い出すのは『ブルース・ブラザース』(1980)出演場面か、『いとしのエリー』のカヴァーくらいだろうか。その「ソウルの神様」レイ・チャールズ・ロビンスン(ジェイミー・フォックス)の人生、生い立ちを描いた伝記映画は、彼について左程詳しくない僕のような人間にとっても十分興味を抱かせる入門編と成り得る、テイラー・ハックフォード監督入魂の力作である。


レイ・チャールズの音楽と麻薬と女たちに彩られた生き様を2時間半に凝縮した映画を背負っているのは、主演のジェイミー・フォックスレイ・チャールズの音楽そのものだ。


フォックスは昨年公開された『コラテラル』(2004)も良かったが、印象度の点ではこちらの方が強い。子供時代の場面を除いて殆ど出ずっぱりなことに加え、単なるそっくりさんショーを超えた抜群の存在感を示しているのだ。ただ、終始サングラスを掛けているので、レイの心の奥底に潜むものについてまでは完璧に表現出来たとは言い難い。妻子のいる身でありながら、麻薬に溺れ、とっかえひっかえ愛人を作っていたレイを、音楽の天才であり、盲目のハンディキャップを乗り越えて商業的成功を収めながら破綻寸前の私生活を送っていた男の生き様を、フォックスは大熱演で乗り切る。スクリーンに映し出されるその一挙手一投足は、注視せずにいられない。それでもレイ・チャールズの心のひだまでは伝わっていないと思わせるのは、サングラスの黒い壁と演出の弱さによるものではないだろうか。


テイラー・ハックフォードにとって、この映画は15年来の企画だったそうだ。フォックスの演技同様、非常に力が篭っているのは分かる。チャールズ本人が存命時の製作でありながら、偽善ぶらない、奇麗事だけでない映画として作られた点については、十分評価出来よう。それでも、この監督らしく底が浅いというか、表層的に物語をなぞるだけの演出が気になってくる。役者たちから上質の演技を引き出し、2時間半もの長丁場を飽きさせずに見せる手腕は認めるが、見終わると映画としてはやけに淡白な印象なのだ。


映画はレイの幼少時に目の前で弟が溺死した事故をトラウマと設定し、その心の闇を描こうとしている。しかしそれも単に「ドラマを描いている」という口実にしか見えない。随所に挿入される水溜りのイメージの安っぽさが、文字通りドラマの水増し化の象徴にさえ見えてくるのだ。むしろドラマそのものが大して印象に残らずに、演奏場面の素晴らしさと見応えたっぷりの演技ばかりが印象に残る。レイ・チャールズの歌と演奏、そしてレイに成り切ったジェイミー・フォックスや女優たち(特に、貧しく不幸な中で幼いレイを育て上げた母役シャロン・ウォレンが特筆もの)の持つパワーに、脆弱な演出が完全に押し切られた形となっているのである。


それでも、数々の音楽場面は素晴らしいと言いたい。場末の酒場での若い演奏に始まり、レコード会社のスタジオで『Mess Around』が生まれる熱いセッション、『What'd I Say』をアドリブで作るライヴ、満員のホールを静寂に包むカントリー・ソング『Georgia on My Mind』と、レイ・チャールズの音楽が持つ熱気は観客席を覆い尽くす。極端な話、これら音楽場面を際立たせる為に、ハックフォードは敢えて毒にも薬にもならない薄口演出をしたのではないか、と勘繰ってしまうくらい。そう考えると、これは平板な伝記映画ではあるものの、それが「純粋な音楽」映画としての在り方を邪魔していない作品でもあると言えよう。


迫力とスリルに満ちた演技と演奏が目当てならば、お奨めしたい映画ではある。


Ray/レイ
Ray
2004年/アメリカ/カラー/152分/画面比1.85:1