ロング・エンゲージメント


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

第一次大戦下のフランス。若いマチルド(オドレイ・トトゥ)は、幼馴染である婚約者マネク(ギャスパー・ウリエル)の戦死を聞くが信じられない。やがて、軍法会議で死刑を宣告されたマネクを含めた5人が、ドイツ軍との中間地帯に置き去りにされて死んだということが分かる。が、それは本当なのだろうか。果たして戦場で何が起きたのか。彼女はマネクの生存を確信し、終戦後、己の直感を頼りに真相に迫ろうとする。


デリカテッセン』(1991)や『ロスト・チルドレン』(1995)といった、偏執狂的なまでに細部にのみこだわり、いわゆる物語映画を放棄していた監督ジャン=ピエール・ジュネも、今やすっかり映画の語り部になろうとしているようだ。そこに行き着くまでには、ハリウッドでの苦闘を強いられた『エイリアン4』(1997)の存在や、心機一転フランスに戻っての『アメリ』(2001)の大成功があるにせよ、物語性に加えて、まさかジュネ作品に映画としての風格とかスケール感までもが備わるようになるとは。と言っても、映像や小道具・大道具に対するこだわりは半端ではなく、幼児的な毒やユーモアも忘れていない。自らの持ち味を生かしつつも大作も監督出来るようになったことを、ここは喜びたいものだ。


映画はマチルドが謎を追う現在を描きながら、過去の戦場での場面を挿入していく形を取っている。さらには幼いマチルドとマネクの恋や、現在進行している連続殺人事件を絡め、時空と場所が交錯した立体的な構成になっている。血と冷たい泥に覆われた凄惨な戦場と、幼い恋人たちが灯台の上で走り回る暖かでロマンティックな映像が、違和感無く同居しているのがこの映画なのである。


幼いときに両親を亡くし、叔父(常連ドミニク・ピノン)叔母夫婦に育てられたマチルドは、相続した遺産を使って探偵に生き証人を探させ、遺産を管理している弁護士(個人的なご贔屓アンドレ・デュソリエ)も使って、マネクの行方を探り出そうとする。彼女の行動原理は殆どが直勘であり、その行動に振り回されるのは周りの大人たちだ。映画はヒロインに足が悪いという枷を与えながら、車椅子を使って見知らぬ他人の同情心を引いて利用するのも躊躇しない、という性格までも与えた。マチルドを演じるオドレイ・トトゥのルックスと演技、それに演出が相まって、余計に幼児性が強調されており、そのしたたかさ、ずるさを見て感情移入出来るかどうか。自己中心的な人物がフランス映画らしいとも言えるが、同時に日本人観客にとって映画に対する好き嫌いが極端に分かれる可能性をも秘めている。この点は『アメリ』と似ている。


似ているといえば、ヒロインがパズルのような謎を解いていくプロットもそうだ。セバスティアン・ジャプリゾのミステリ『長い日曜日』が原作なので、こういった趣向はジュネの持ち味の1つと考えて良いだろう。


マチルドが真相を突き止めんとする幹になる部分は、まるでミステリ映画のよう。どこまでが原作通りなのかは不明だが、兵士たちの遺品や暗号文、目撃者なぞの証人に当たったりと、道具立てに不足はない。しかし正直に言って、その部分は成功していない。本来はぐいぐいと押し進めるべき線が細い上に、不親切さゆえの分かりにくさもあり、ジュネの語り部としての力不足を感じてしまう。事件に関連した複雑な人間関係も、台詞での説明に頼っているようでは誰が誰やら分かりにくいし、『L.A.コンフィデンシャル』(1997)のようなハードボイルドならいざ知らず、その手法がこの映画に似つかわしいとは思えない。もう少し映像で説明する丁寧さが欲しかったところだ。よって、事件の謎が解き明かされることはあっても、カタルシスには程遠いものとなっている。


そういった大いなる欠点があるにせよ、この映画には独特の風味がある。ジュネらしく捻った登場人物や映像は、魅力に溢れている。郵便配達夫と叔父の、まるで子供の意地の張り合いは楽しいし、戦場で頼りになる愛すべき便利屋は非常に魅力的な人物造形だ。ねじ巻き式木製の義手で胡桃の殻を割るバーテンダーや、戦場病院の高い天井に浮かぶ飛行船といった、どこかファンタスティックな描写は、この映画ならではの個性となっている。一転してその飛行船が凄惨な地獄絵図を呼ぶのも、童心と残酷さが同居するこの映画らしい。自らの持ち味を生かしつつも、冷徹なリアリズムに満ちた戦場の描写で新境地を開き、多元的・複眼的な視点で戦場での生と死、希望を描こうとしたジュネの野心は、必ずしも成功していない部分も含めて、いびつな魅力を紡ぎ出した。また、無慈悲な戦場を寒色系で、その他の場面をセピア調に染め上げた映像も素晴らしい。細部まで意匠が凝らされたプロダクション・デザインと共に、1つの世界を造り上げている。


ロスト・チルドレン』でも組んだアンジェロ・バダラメンティによる冒頭の小ぶりな音楽が、映画が進むに連れてオーケストラ主体のたおやかな響きを聴かせるのも効果的だ。役者では、チェッキー・カリョらフランス人俳優たちも良いが、とあるハリウッド・スターのあっと驚く出演と、その女優としての変わらぬパワーの健在ぶりが印象的だった。


ロング・エンゲージメント
Un Long Dimanche de Fiancailles