オペラ座の怪人


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1870年のパリ・オペラ座では、不審な事故が相次ぎ、劇場関係者を恐怖に陥れていた。そんな中で、少女クリスティーヌ(エミー・ロッサム)は、謎の人物の教えにより歌手としての才能を開花させ、新進スターとしての道を歩み始めていた。オペラ座パトロンであり、幼馴染でもある子爵ラウル(パトリック・ウィルソン)と惹かれ合っていくクリスティーヌだが、その彼女を暗闇から見つめる目があった。その目こそ、彼女の歌の師であり、オペラ座の地下深くに住み着いて醜い素顔をマスクで隠す怪人(ジェラルド・バトラー)だったのだ。


感動する場面や素晴らしい場面こそ幾つもあれど、それは映画自体が持つ力なのか?


オペラ座の怪人』というと、ガストン・ルルーのゴシック小説やロン・チェイニー主演のモノクロ/サイレントの怪奇映画の主役というより、今やアンリュルー・ロイド・ウェバー作曲、チャールズ・ハート作詞、ハロルド・プリンス演出の大ヒット・ミュージカルの方で有名だろう。今回はそのミュージカルの映画版で、場面の順番が違うなどはあるが、荒れ果てたオペラ座ステージでオークションが行われる1919年の冒頭場面も含め、舞台版に比較的忠実に作られている。オークションの目玉とばかりに黒い覆いをさっと取り払うと、あの有名なテーマ曲のパイプ・オルガンによるイントロが鳴り、覆いの下から現れた破壊されたシャンデリアが観客席頭上の天井に戻り、それと共にすすけた劇場が色鮮やかに蘇り、過去のタイムスリップする。この場面転換の鮮やかさに、ブロードウェイで観たときは驚かされたものだ。今度の映画版では現代の場面を粗いモノクロ映像で捉え、古びた劇場の下から美しい劇場の過去が蘇る様子をCGで表現していて、掴みとしては十分な出来映え。斬新さは無いけれども、舞台版を上手く映像に置き換えている。


その後に続くのは新作オペラの準備におおわらわな舞台裏の場面で、大人数の登場人物もキャメラも目まぐるしく動き、編集も細かく、勢いと興奮を盛り上げようとしている。しかしその技術が下手なので、観ながら「これは今ひとつの映画かも」と頭の片隅で黄色信号が点ってしまった。セットも衣装も極め付きとばかりに作り込まれ、豪華な仕上がりにも関わらず、だ。


クリスティーヌが怪人に連れられ、地下深くを進み、かの住処に行く『The Phantom of the Opera』が鳴り響くデュエット場面も、舞台版にあった恐怖と期待が織り成す高揚感には程遠い。壮麗な仮面舞踏会で流れる『Maskarede』の場面も、舞台版ではここぞとばかりに目も眩まんばかりの絢爛豪華さを誇っていたのに、この映画では音楽は弾めども映像は弾まず。サー・アンドリューが直々に抜擢したジョエル・シュマッカー(かつて観た『ロストボーイズ』(1987)に感心して、というのも凄い話)の演出は、最近の『フォーン・ブース』(2002)なぞの小品での好調さが嘘のように、最後まで平凡そのもの。一時期の『バットマン フォーエヴァー』(1995)、『バットマン&ロビン』(1997)もかくやという詰まらなさ。この人、やっぱり大作に向いていないのでは。今回の映画化はサー・アンドリューが製作・脚色(シュマッカーと共同)も兼ねているということで、その意向がかなり取り込まれていると想像される。その意向が映画を分かっているかどうかというと、分かっていないのだろう。そしてシュマッカーは、その意向に逆らえなかったのではないか。


舞台と映画の大きな違いは、映画版では現在のモノクロ場面が時折挿入され、今や老人となったある人物の回想形式となったことだ。折角物語に浸れる筈が、これが映画の流れを分断し、観客を現実に引き戻してしまっている。「現在」の場面は、少なくとも物語途中では全く逆効果だった。


舞台版のハロルド・プリンスの演出は、過剰なまでに豪華で派手、けれん味たっぷりだが、それが不必要に重厚ではなく、楽しい出し物となっていた。怪人と金持ちの御曹司との間に挟まれる歌姫という少女漫画的三角関係のプロットを、言わば見世物小屋的なけばけばしい趣向で見せ、ロイド・ウェバーのクラシック・コンプレックスのようなオペラ・ミュージカルの意図された古臭ささえも、文字通りエンタテインメントとして成立させていたのだ。ところが今度の映画版では、その心を忘れて見かけだけ真似した、遊びの無い生真面目な映像化に留まってしまい、舞台版を越えられていない。ロイド・ウェバー作品の映画化では、映画全体の完成度はともかく、熱気に満ちたアラン・パーカーの演出が躍動感をもたらしていた『エビータ』(1996)の方が、よりミュージカル「映画」になっていた。


それではこの映画が駄目かというと、そんなことはない。何故って、ここには素晴らしい楽曲があるからだ。メロディ作りの天才ロイド・ウェバーの音楽は、基本的に数曲のバリエーションで全体を聴かせる趣向なので、知らない曲ばかりでも、映画が進むにつれてメロディが耳に馴染んでくる。テーマ曲はもちろん、『The Angel of Music』、怪人の孤独と情熱を歌い上げた名曲『The Music of the Night』、クリスティーヌの孤独と亡き父への想いを歌った『Wish You Were Somehow Here Again』、クライマクスでファントムとクリスティーヌが歌い上げるデュエット『Point of No Return』など、これでもかと傑作がずらり並んでいて、大変な聞き物となっている。歌詞と曲が相まって観客の心を揺さぶる場面にも事欠かない。しかしそれは監督の腕前とは別の話である。


これらの楽曲を、役者が実際に歌っているのも聴きどころだ。元々ミュージカル出身のパトリック・ウィルソンや、劇場支配人コンビの片割れサイモン・キャロウらは安心して聴けるが、ここは初の大役を射止めたエミー・ロッサムを讃えよう。同じ曲でもサラ・ブライトマンなどに比べて表現力は浅い。でもまだ10代後半の彼女は、怪人の影に怯え、同時に魅了される心もとない姿から、怪異な経験を得て強い意志を持つ大人へと成長していく姿までを、セットや衣装に埋もれることなく若さで乗り切っている。対照的に怪人役ジェラルド・バトラーは初挑戦の歌も健闘しているものの、歌唱歴の長いロッサムらと比較するのは酷だろう。ハンサムだが、線の太さがもう少し欲しい。天才でありながら歪んだ心の持ち主である役にしては、カリスマティックなものが不足しているのだ。しかし終盤に来てバトラーは、資質不足も歌の不安定さも吹き飛ばした。クリスティーヌに愛情を注ぎつつ、孤独で自らは愛情に飢えている怪人の熱唱は、激情のほとばしりだ。最後の最後にて観客の心をがっちり掴んだ映画は、エピローグを加え、おとぎ話として何とか着地出来たのである。


オペラ座の怪人
The Phantom of the Opera

  • 2004年/アメリカ、イギリス/カラー/143分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for brief violent images.
  • 劇場公開日:2005.1.29.
  • 鑑賞日:2005.1.30./ワーナーマイカルシネマズつきみ野9 ドルビーデジタルでの上映。日曜12時55分からの回、462席のTHX劇場は半分程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.opera-movie.jp/ Flashサイトの方は、楽曲がバックに流れて嬉しい(これは北米版サイトと同じ)。まだ工事中のところもあり、ファンは定期的にチェックして今後に期待しましょう。