カンフーハッスル


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1940年代の上海。そこでは、冷酷非情なギャング団「斧頭会」が幅を利かせていた。斧頭会入りのチャンスを伺っていた負け犬チンピラのシン(チャウ・シンチー)は、貧民アパートの「豚小屋砦」で騒ぎを引き起こしてしまうが、そこに乱入してきた斧頭会を、何と住民たちが撃退してしまった。豚小屋砦はクンフーの達人たちの隠れ家でもあったのだ。斧頭会は逆襲すべく、強力な殺し屋を次々と豚小屋砦に差し向ける。


意外にも残忍な冒頭に驚かされる。『少林サッカー』(2001)で、CGを使った荒唐無稽なアクション・ギャグの数々で笑わせてくれたチャウ・シンチー監督・脚本・主演の新作は、予想を裏切る映画となっていた。CG特撮を前作と同じ趣向で使うものの、映画としての方向性は若干違う。これが本格的なCGクンフー・アクション映画となっていて、その分暴力度もアップ。冒頭からギャング同士の抗争劇による血生臭い展開(と言っても、流血描写自体は殆ど無し)となり、劇中に死者も出る。大爆笑出来る場面も殆ど無くなり、くすくす笑いが殆ど。コメディ映画としてはそういった点で大減点だ。しかしこれがコメディ映画ではなく、ユーモアもあるアクション映画として観れば、このような方向転換も納得出来よう。チャウ・シンチーは前作の路線を安易に行くのではなく、賭けに出たのである。


プロットはこれまた妙なことになっていて、主人公であるべきシンは最初から主人公たるべき行動を取らない。そもそもがドジで間抜け、やることなすこと裏目裏目に出てしまい、卑怯で情けない男として描かれている。幼少時のトラウマで悪を極めようと思うも、それさえ徹することさえ出来ない。物語を左右する主体的な行動を取ることはなく、むしろ斧頭会と豚小屋砦の闘いに巻き込まれ、右往左往する役どころとなっている。


これでは、斧頭会の殺し屋対豚小屋砦のクンフー合戦の方が、印象が強いというもの。シンのドジで間抜けなエピソードは、アクション場面の合間に埋もれてしまう。いつまで経ってもダメ男のシンが、いつ主人公たるべき行動を取るのか。観客のイライラが限界に達しようとする時に、大いなる覚醒が訪れる。元々が荒唐無稽な物語とはいえ、その転調が強引なのはギリギリの許容範囲内だろう。その点で映画は、いわゆる「常識的な映画」として考えると、危ない綱渡りをしている。


ラストの対決相手は70年代に活躍したブルース・リャン。といっても、リアルタイムでクンフー映画ブームを経験していない人間にとっては知識しか無いので、余り喜べないのが残念だが。ここでは、シンチーは『燃えよドラゴン』(1973)のブルース・リーと同じ衣装を着ていて、クライマクスにきてこの映画の本性が顔を現す。シンチーは70年代の大スター、ブルース・リーとなり、大規模なCG特撮の力を借りて、70年代のスター、ブルース・リャンと対決する。つまりはこの映画、己の妄想の具現化の極みであり、前述の安易路線を避けた展開といい、中々一筋縄ではいかない作品に仕上がっているのだ。


主人公がようやく暴れまわっても、カタルシスが大人し目に留まってしまったのは、脚本家シンチーの計算違いだろう。それまでの達人同士の対決の方が緊張と迫力があったのだから。これは必ず勝つことが約束されている主役の場面よりも、どっちが勝つか分からない脇役同士の対決の方が、様々な趣向を凝らし、手に汗握らされたからだ。琴の音色と共にあらゆる物を切断(当然、人間も)する技の怖さ、バカでかい声であらゆる物と吹き飛ばす場面の可笑しさと迫力。途中までのこういった捻りに対し、クライマクスは単純なアクションの拡大生産に過ぎないのだ。『マトリックス リローデッド』(2003)を思わせる1人対100人の対決を見ても、今更と思わざるを得ない。


それでもスケール感が増し、緊張感も迫力も笑いもある破天荒なCGアクションの数々は、こちらの期待通り。監督としてのチャウ・シンチーはさらに前進していよう。特にクライマクス前までのCGの使い方に関しては、笑いと緊張の匙加減が上手く、独自のスタイルを築いている。


カンフーハッスル
功夫 / Kung Fu Hustle