ターミナル


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ヴィクター・ナヴォルスキー(トム・ハンクス)は、ニューヨークのJFK空港に足止めを食らうことになる。東欧にある祖国がクーデターで消滅したのだ。パスポートは無効となったのでアメリカに入国出来ず、されど帰る祖国も無い。ヴィクターの空港生活が始まる。


パリのド・ゴール空港に1988年から住み込むことになったイラン人の実話に着想を得た、スティーヴン・スピルバーグトム・ハンクス3度目のコンビ作は、製作規模は大作の心に残る小品となっている。原寸大でリアルな巨大セットの量感は圧倒的で、それだけでも一見の価値がある。それでも物語が限定された空間で殆どが起こる巨大な密室劇、人間模様と言った按配で、監視カメラで主人公が見られているというのは『ガタカ』(1997)、『トゥルーマン・ショー』(1998)の脚本家アンドリュー・ニコルらしい設定だ。しかし軽やかで肩の力が抜けているリラックスした佇まいは、最近のスピルバーグ映画そのもの。観客の視線という呪縛から脱した、今の自分はこれが好きという風情が伝わる映画になっている。ちんたらしたナマクラ映画、自己満足映画にはならず、主人公も含め周辺人物たちの個性も明確に、恋あり笑いありの人間模様を描写していく。


最初は英語がちんぷんかんぷんな主人公なので、序盤はコミュニケーション・ギャップを用いたギャグの数々で笑わせてくれる。出世に憑かれた頑迷な空港の警備責任者ディクソン(スタンリー・トゥッチ)の、数々の嫌がらせにもめげないヴィクターは、観客の共感を呼ぶに相応しい人物だ。人は好くとも言葉が通じないので、一見すると純朴で愚鈍な田舎者と感じてしまう何気ない差別意識を、ディクソンのみならず観客にも抱かせる構造に注目したい。もらった食券を無くした彼が、如何にして空港で生き延びる術を見つけていくのか。都会版ロビンソン・クルーソーといった按配で面白い。主人公は知恵も技能も度胸も持ち合わせた人物だ、と分からせていく展開は巧みである。つまりは異邦人への偏見をひっくり返す展開となっているのだ。


この映画がおとぎ話なのは、舞台となるJFK空港内の描写が現物と違うというのもあるが、ディクスン以外の人物が全て人間性善説によって描かれていることからも明らかだ。しかしながら単なるおとぎ話ではない、同時代性のあるメッセージも持ち得ている。周りの人間が偏見を捨て、異文化の人間を排斥せずに受け入れていく物語は、映画の作り手が現代アメリカに求める姿そのものなのではないだろうか。スピルバーグとハンクスがリベラルな民主党支持者だから、というのはうがち過ぎかも知れないが、少なくともここには宗教にがんじがらめになった狂信的な「道徳」はなく、本当の意味での良き価値観がある。その価値観を体現しているのがトム・ハンクス。常に知的で、さりげなく存在感を発揮する彼に相応しい役どころで、はまり役を伸び伸びと演じている姿が気持ち良い。


脇役陣も楽しく、ヴィクターのほのかな恋の相手となるフライト・アテンダント役として登場する美しいキャスリン・ゼタ=ジョーンズを筆頭に、個性豊かなキャストにそれぞれ見せ場を設けてあげる趣向も嬉しい。


敵役ディクソンの描写がやや紋切り型で底が浅かったとか、ラストのシークエンスは不要で、その前で終わらせて2時間以内にまとめればすっきりして良かった等と思うが、思いがけないジャズの絡ませ方といい、何気にあなどれない映画になっている。



ターミナル
The Terminal

  • 2004年/アメリカ/カラー/128分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for brief language and drug references.
  • 劇場公開日:2004.12.18.
  • 鑑賞日:2004.12.28./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘2 ドルビーデジタルでの上映。火曜21時20分からの回、280席の劇場は4割の入り。
  • 公式サイト:http://www.terminal-movie.jp/ 離着陸表を模したメニューがお洒落。予告編、空港ヴァーチャル・ツアーなど。ビハインド・ザ・シーンズは、空港セットの裏側を30秒程度見せてくれるだけなのにがっかり。