Mr.インクレディブル


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

スーパーヒーロー達はそのパワーの使用を禁止され、一般市民に溶け込んで生活しなくてはならなかった。保険会社のクレーム処理係としてサラリーマンをしているMr.インクレディブルことボブ(声:クレイグ・T・ネルソン)もその1人。髪は薄くなり、お腹はたるんでいるものの、イラスティガールことヘレン(声:ホリー・ハンター)と結婚し、3人の子宝にも恵まれ、幸せな家庭生活を営んでいる…筈だったのだが。ボブは、自分のパワーを世の為人の為にも使えないフラストレイションに苛まれ、過去の栄光を振り返るばかり。毎日を虚無的に過ごしていたのだ。そこにボブの正体を見込んだ何者かから、極秘に依頼が来る。


邦題は『Mr.インクレディブル』と個人名だが、原題は『The Incredibles』。ある一家の物語である。父は怪力で頑健な肉体を持ち、母は手足・身体を意のままに変形させられ、長女は透明になったり強力なバリアを張ったりの防御能力を持ち、長男は韋駄天そのもの。唯一赤ん坊だけが特殊能力を持たない人間のようだ。フラストレイションに陥っているのは父親だけではない。長女は普通の生活を送りたいと願い、長男は自分を抑えて学校のかけっこもわざと負けている。つまりはこの映画、ある者は自分のパワーを解放させたい、ある者はパワーなどより普通になりたい、と願う家族それぞれの物語なのだ。


毎年恒例のピクサー長編CGIアニメの新作は、外部からブラッド・バードという監督を招聘しての作品。もちろんバードといえば、あの傑作アニメ『アイアン・ジャイアント』(1999)の監督である。それから、クリエイティヴコンサルタントとして関わったTVアニメ『シンプソンズ』も忘れる訳にはいかない。シニカルでブラックでありながらも、落ち着くところは家族愛となるエピソードが多い同シリーズ。中年の危機を核に据え、家族愛を謳い上げると予想される内容からして、過去の作品との共通点を見出し、感動と捻りを効かせた作品を期待するのは当然だろう。


しかし現物を観てみると、これが意外にも全体的に素直な映画に仕上がっていた。ヒーロー達が公共物破壊なぞの訴訟で負け、一市民としての生活を余儀なくされている、などという笑える前フリはあるものの、あっと驚く展開は無く、こちらのほぼ予想通りの物語となっていく。しかし今までのピクサー作品とはテイストが若干変わった。今までは大人も楽しめるCGIアニメだったのに、今回は子供も楽しめるCGIアニメなっているのだ。つまりメインの観客層は大人なのである。マッドサイエンティストの秘密基地への潜入や、音楽の使い方なぞまるで007調。後半の舞台となる基地は、様々な仕掛けがゴージャスでデティールに富み、目を楽しませてくれるし、そこに掛かるジョン・バリー降板後に引き継いだマイケル・ジアッキーノの音楽は、オケとビッグバンドの演奏。バリーが作曲していたかつての007を強く意識しており、これが耳を楽しませてくれる。


捻りもあるが、それも小技程度な映画は、散りばめられるユーモアも面白く、上映時間中に楽しませくれる。それでも上映時間がほぼ2時間はちょっと長い。中盤はさしてアクション場面がある訳でもない、人間主体のドラマとなるので、ここいら辺はもう少し刈り込めることも出来ただろう。


観客もこのような軽いフラストレイションを抱くものの、映画の終盤ではものの見事、一気に解放される。家族の危機を救うのは、火事場の底力ならぬ超人的なパワーに他ならない。各人が今まで封じ込めていた己の個性を打ち出し、活躍する姿がたっぷりと描かれる描写も痛快で、特に長男が敵に追われながら猛スピードでジャングルを疾走する場面の爽快感は、そう滅多にお目に掛かれないくらい。遂にはインクレディブル氏の元同僚フロゾン(声:サミュエル・L・ジャクソン)も加勢し、メンバー全員がスピード感満点の大活躍。豊かな表現力でもって高揚感たっぷりに描かれる、現実離れした数々のアクションとスリル。これぞアニメ映画。これぞマンガ映画。これぞCGI映画ならではの醍醐味だ。大画面で是非体験して頂きたい。


ところで、この映画には幾つか興味深いことがある。1つ目は、高度なCGI映画でありながらも、基本的にマンガ映画である、ということ。同じく高度なCGIを使った『ファイナルファンタジー』(2001)が、より実写に近い、リアルタッチの方向に進んでいたのに対し、こちらは飽くまでもアニメならではの誇張された表現にこだわっている。あちらは役者の代わりに用いた高度な技術を披露するのが目的だったように見え、逆にそれが枷となって映画としての面白さの足を引っ張るだけになっていた。持てる技術パワーを思いっきり解放した本作の方が面白いし、楽しい。のびのびと己らしさを表現するインクレディブル一家のようではないか。


2つ目は、ピクサーというスタジオについて。これは最近観た『ハウルの動く城』との比較になる。ジブリが実質宮崎駿1人以外に目ぼしい人材が出てこないのに対し、ピクサーは次から次へと人材を発掘・登用し、高い品質を保っている。監督が代わって多少テイストが代わっても、映画を観終わると「あぁ、ピクサーの良質なアニメを楽しめたな」という気にさせるのは、もはや単なるブランド力ではなく、スタジオとしてのシステムが有効に機能し、独自の個性を保ち得ていることの表れに他ならない。


高い技術力を駆使しつつも、それを誇示することなく目一杯観客を楽しませようとする意思の力を感じさせるクライマクスの連打に、このスタジオの底力を見る思いがした。


Mr.インクレディブル
The Incredibles

  • 2004年/アメリカ/カラー/120分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG for action violence.
  • 劇場公開日:2004.12.4.
  • 鑑賞日:2004.12.5./ワーナーマイカルシネマズつきみ野6 ドルビーデジタルでの上映。日曜10時10分からの回、199席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.disney.co.jp/incredible/ パンフレットとは違う内容の「プロダクション・ノート」、予告編、壁紙、ゲーム(難易度が高い上につまらない)など。森末慎二の「インクレ体操」動画もあり。