ハウルの動く城


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

戦乱に突入しているどこかの国の物語。帽子店と切り盛りする18歳のソフィー(声:倍賞千恵子)は荒地の魔女(声:美輪明宏)に呪いを掛けられ、90歳の老女となってしまう。こっそりと家を出たソフィーは、若く美貌の持ち主である魔法使いハウル(声:木村拓哉)の動く城で、住み込み家政婦として暮らすことになる。


魔法と科学が混在している国が戦争に突入している設定は、混沌とした現世に対する宮崎駿の世評でもある。『もののけ姫』(1997)、『千と千尋の神隠し』(2001)といささか説教臭が強かった宮崎駿の新作は、その臭いをやや柔らかくし、より娯楽寄りになったように感じられる。さらには前作『千と千尋』で特徴的だったプロット構築の放棄が、より強まった。ここでは通常の起承転結という概念は既に無く、そういった物語の枠組みをとっぱらった上での語りとなっている。期待外れとして世間での風当たりが意外に強いのも、この点に戸惑った向きが多かったからではないだろうか。


エピソードを連ねての語りは、既に並の次元とは違う。観客を楽しませるだけではなく自らが幻想と戯れているという、よもや凡人には達し得ない境地へと達しているかのように見えるのだ。少女、美青年、老女、だらけ顔の犬など、見慣れた顔立ちや、お馴染みの飛翔場面など、マンネリ感があるように見えて、実は新作の度に映画としてひたすら前進して発展させるところが、この巨匠の真骨頂だろう。


最大の見所は宮崎駿の想像力が具現化された映像だ。冒頭で現れる、山間部のもやの中をゆっくりと進むハウルの動く城を観ただけでも、心躍らされる。怪鳥同士の空中戦、王宮内の宇宙を思わせる空間の変貌、過去の幻影など、単調に陥らない多種多様の映像はさすがだ。荒地の魔女の姿かたちや性格が変化していくところなど、毎度のことながら漫画映画としての魅力も忘れていない。時にシリアス、時にユーモラスなイメージの奔流が、次から次へと湧き出てくる様は圧巻で、そこに浸れる観客は幸福な時間を過ごせることだろう。その一方でスケール感が無いのは、噴出する多くのイメージが登場人物周辺に限定されて描かれているからである。


イメージ重視で明確なプロットに欠ける映画は、それ自体が欠点とならずとも、脚本の面で弱い点があるのは否定出来ない。ソフィーとハウルの恋愛が唐突に感じられ、説得力に欠けるのを観ると、どうやらこの分野があまりお得意ではない様子。それでも魅力的な登場人物、特に脇役たちの描写は、無生物であっても個性的な描き分けが的確だ。少年マルクルの媚びない可愛らしさ、火の悪魔のちんけな可笑しさ、案山子の実直さも十分魅力的。荒地の魔女美輪明宏の快演もあって強烈な印象を残す。


主役格にプロの声優ではなく一般の俳優を起用する手法は、今回も諸刃の刃だったようだ。倍賞千恵子は80歳の声はさすがに上手いのだが、18歳はやや苦しい。木村拓哉はかつ舌が良くないので時々聞きにくいところもあるものの、いつもと声を変えているので左程キムタクを意識せずに済んだ。そのキムタクに、ルックスばかり気にして実は気が弱い魔法使いという役どころを与えたのは、ひょっとして宮崎駿のイジワル転じて遊び心なのかも知れない。


世間が期待したかも知れない超大作ではないが、小ぢんまりとした佳作として一見をお勧めしたい作品である。


ハウルの動く城
Howl's Moving Castle

  • 2004年/日本/カラー/120分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2004.11.20.
  • 鑑賞日:2004.11.23./ワーナーマイカルシネマズつきみ野1 ドルビーデジタルでの上映。勤労感謝の日で翌日平日の火曜20時50分からの回、315席の劇場は9割の入り。
  • 公式サイト:http://www.howl-movie.com/ これ程の話題作なのに、殆どテキストのみ、必要最小限の情報に留めた簡素なサイトにちょっと拍子抜け。ま、これも、「映画は映画館で観てくれ」という宮崎作品らしいのだが。