モンスター


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1980年代のフロリダで7人もの男性を殺害し、モンスターと呼ばれた娼婦アイリーン・ウォーノス(シャーリーズ・セロン)と、彼女の恋人セルビー(クリスティーナ・リッチ)の逃避行を描く。


痛ましいとはこのこと。


この映画の持つ衝撃度は、実在の事件そのものの題材だけではなく、シャーリーズ・セロンの迫真の演技にもよるところが大きい。元はスレンダーな身体に脂肪をたっぷり付けてだぶだぶにし、メイクアップで美貌を覆い、外見はセロン自身を覆い隠しながら、内面的な演技で魂の叫びを観客の前で剥き出す。この映画のセロンは外見と内面とで両極端なアプローチを取っており、嫌悪と同情という相反する感情を観客から引き出し、追い討ちをかけるように心にぐさりと突き刺します。たるんだ裸体さえ痛々しい。アイリーンは無知・無学・短絡・粗暴・嫌悪に満ちているのに、セルビーへの一途な想いの重さが見事に表現されています。白眉は後半にある場面でしょう。売春ヒッチハイクの途中で拾ってくれた男が買春目当てなどでなく、善意の人助けのつもりだったと分かりつつ、神に向かって絶叫して許しを請いながら殺害する場面など、鬼気迫るものがあります。


対するクリスティーナ・リッチは、優しげな外見と裏腹に空虚、さり気なく自己中心的なセルビーが、次第にアイリーンを操作していく様を自然に演じていて、何気に恐ろしい。セロンのやや大袈裟な役作りと対照的で、しかも相性が良い。全体に斧でぶった切ったようなこの作品の中で繊細な味わいがあるのは、彼女とアイリーンの擁護者を演ずるブルース・ダーンだけなので、貴重な存在と言えます。


セルビーと知り合った彼女は、娼婦から足を洗って真っ当な職に就こうとしますが、行く先々全てで断られます。法律の知識も無いのに、いきなり弁護士事務所に押しかける滅茶苦茶振り。弁護士や職安で逆切れして口汚く罵ってしまう粗暴振り。アイリーンの余りに短絡的な思考と行動に同情の余地はありませんが、セルビーと暮らす為に手っ取り早く稼ぐには、嫌悪している娼婦に戻ってしまうしかない、と結論を出す焦りと無知は、哀れを誘います。


アイリーン最初の殺人は、道で会った客でした。森に車で連れ込まれ、殴られ、縛られた挙句に犯され、殺されそうになるのを返り討ちにしたのです。ここで隠蔽してしまったのが破滅への始まり。幼い時に受けた性的虐待もあって、男性憎悪の激しい彼女は次々と客を取っては殺害、被害者の自動車や金を奪って、愛するセルビーと逃避行を続けます。こういったアイリーンの思考回路が執拗なまでに描かれているので、観ているこちらは気が滅入ってきますが、これが作品に迫力をもたらしているのは確かです。


アイリーンは幼少時はスターになる夢を持っていたのですが、次第に真っ当な道を踏み外してしまい、性格が捻じ曲がった貧乏白人の娼婦へと成り下がってしまいました。背景を説明する映像に重ねられたアイリーン自身のモノローグは、映画に主観と客観という相反する視点をバランス良く取り込み、これが中々効果的に作用しています。この視点はこれがデヴューとなった脚本家・監督のパティ・ジェンキンスの視点でもあります。映画はヒロインに肩入れすることなく、しかし突っぱねることもしません。アイリーンの行為は余りに自己中心的で残虐、全く許し難いものですが、実際に映画を観ると、さっさと彼女を処刑室に送り込んじまえ、などと言う気にはなれません。セルビーへの献身と、無知と粗暴故に破滅を招いてしまう姿は、彼女が生々しい1人の人間として描かれている為です。


このように主人公に対する徹底した描写が強烈な映画ではありますが、ここには完全に欠けているものがあります。それはアイリーンを形成した社会についての視点です。彼女の生い立ちや成長の過程は至極不幸でしたが、そうなったのは社会や環境にも原因が求められた筈。アイリーン個人が抱える問題に矮小化し過ぎ、メロドラマに墜してしまったのが惜しまれます。


モンスター
Monster

  • 2003年/アメリカ、ドイツ/カラー/109分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence and sexual content, and for pervasive language.
  • 劇場公開日:2004.9.25.
  • 鑑賞日:2004.11.6./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘3 ドルビーデジタルでの上映。都心のアートシアターを中心にした劇場展開から1ヶ月ちょい後、シネコンでも上映するようになった。新百合ヶ丘の初日土曜日18時35分からの回、237席の劇場は6割の入り。
  • 公式サイト:http://www.gaga.ne.jp/monster/ プロダクション・ノート、BBSなど。アートフィルムのサイトらしく簡素な作り。