コラテラル


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

マックス(ジェイミー・フォックス)は、L.A.で勤続12年の生真面目で腕の良いタクシー運転手。拾ったビジネスマン風の男ヴィンセント(トム・クルーズ)から、今晩中に5人の顧客に会わねばらならいので、600ドル払うから足になってくれ、と頼まれる。依頼を引き受けたマックスだったが、実はヴィンセントは殺し屋だったのだ。


何で殺し屋がレンタカーを使わず、わざわざタクシー使うのか?
一晩で5人殺そうというのは、幾らなんでも無茶じゃないのか?
連続殺人事件を追う警察の扱いが中途半端じゃないか?


そう、リアリズムという点では大いに疑問があるこの映画。でも良いじゃないか、この映画が描きたいのは別にあるのだから。と、ここは積極的にこの映画を支持したい。


マイケル・マンは一貫して骨太な硬派男性路線の映画ばかり作る監督である。『ヒート』(1995)しかり、『インサイダー』(1999)しかり、『ALI アリ』(2001)しかり。どの作品も夜の闇と独特の映像スタイルに彩られた作品ばかり。そんなマンが、男2人が主役で、夜の都市を舞台にしたアクション・スリラーを撮り上げたのだから、これは得意分野ならではの腕前が観られる、と期待してしまう訳だ。


映画は冒頭で、まだ明るい空港に降り立った殺し屋ヴィンセントを捉え、その後はあっさりとタクシー運転手マックスの物語に切り換える。彼が抜け道や所要時間に通じ、勤勉で真面目な、でも将来の夢を抱く男であることを、映画は丁寧に描く。こういった描写が、凡庸なタダのアクション映画とは違う重量感を与えているのだ。それも胃もたれしない程度の娯楽映画の範疇に収まる匙加減で、娯楽映画の何たるかを分かっているのが有難い。マンの演出は台詞の場面だけではなくアクション場面でも切れ味鋭く、ハードボイルドな持ち味を発揮して好調だ。


L.A.の夜景を収めたいということで、映画の80%がデジタル・ヴィデオ・キャメラで撮影されており、なるほどフィルム撮りでは難しいであろう映像で全編覆い尽している。闇に浮かぶ光の都市や青白く光る裏通りなど、独特なルックはタクシーと共に常に進行する都会での物語に相応しいものではあるが、時折動きの早い場面などで解像度が落ちるのが気になった。


このようにスタイルは際立っていても、男は描けるけど女に興味が無い、もしくは女は障害物としてしか描かないのがマン作品の常だった。しかしこの映画は、出番は少なくとも珍しく女性の登場人物が立った作品でもある。序盤に登場するタクシー客の検察官は、パワフルなジェイダ・ピンケット・スミスのお陰で、血の通った印象的な人物として観客に強く印象付ける。


さて、マックスはヴィンセントを乗客として乗せてしまい、しかも正確な仕事の腕前を買われてしまった為に、殺し行脚の運転手に指名されてしまう。隙を突いて逃げようとしても出来ず、逆に関わった無関係な人々が犠牲になるだけ。ヴィンセントがやけにマックスにご執心で、リアル志向の映画ならば、ヴィンセントがマックスをさっさか殺して別の運転手に代えているところだ。


このヴィンセントという男、冷酷非情なプロの殺し屋なのに妙に親切なところもあり、ジャズに造詣が深く、虚無的な哲学を饒舌に並べ、殺しの腕も一級と、すこぶる魅力的な悪役だ。演ずるトム・クルーズも100万ドルの笑顔を封印し、やや擦れ気味の声ですさんだ風情を漂わせ、静かな熱演を見せてくれた。予想外に似合っている役だったのは収穫。しかもこの役には、大スターならではの威光が必要だったのだ。


マックスは、夢を実現したいと思いつつも現状から足を踏み出せず、12年もタクシー運転手を続けている男である。真面目に勤務し、理不尽な上司に口答えせず、規律を守って地道に暮らしてきた。彼は目標があるのに、いつの間にか平凡な人生に安住し、そこから逃げ出すだけの勇気を失ってしまったのだ。そこに現れたのがヴィンセント。牽引力のある魅力的な殺し屋は、マックスを焚き付ける。「思い切って一歩を踏み出せ」と。マックスはヴィンセントに振り回されて様々な厄災を通過し、やがて自力で状況を打開していくようになる。マックスはこの一晩で人生に対する考えを変えた。言わばヴィンセントはマックスのメンターであり、反面教師でもあったのだ。外見からして対照的なのはその象徴だろう。黒髪、小ざっぱり、パーカーを羽織っているマックスに対し、ヴィンセントは銀髪、無精髭、銀色に光る高級スーツを着ている。法の外に生きるヴィンセントは、『ファイト・クラブ』(1999)のタイラー・ダーデンのような役柄なのだ。


トム・クルーズはマックスを惹き付け、反感を抱かせるこの役に挑み、見事ものにした。対するマックス役ジェイミー・フォックスは、堅実そのものの男が変貌し、自分の人生を引っ掻き回す男を、逆に引っ掻き回すようになる様をシャープに演じていて、見応え十分である。主役2人だけでなく、組織のボス役で出演のハビエル・バルデムを筆頭に、演技が出来る脇役は皆素晴らしい。空港でヴィンセントと鞄を交換する男役ジェイソン・ステイサムも、ちょい役なのに美味しい役どころで決まっている。スチュアート・ベイティの脚本は生き生きとした台詞を彼ら注入し、時折笑みがこぼれてしまう捻くれ具合が楽しい。


この映画は男の成長を描いた寓話/ファンタシーと考えるのが正しいのだろう。マックスに執着するヴィンセントや、中途半端に見える捜査陣の描写も、そう思えば納得出来る。


コラテラル』はドンパチばかりでない、個性的なアクション・スリラーとして、お勧め出来る映画だ。


コラテラル
Collateral