スチームボーイ


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

蒸気機関の発明により、産業革命が起きた19世紀末のイギリス。少年レイ・スチム(声:鈴木杏)は、祖父と父が発明した夢の蒸気機関スチームボールを巡る争奪戦と、2人のスポンサーであるオハラ財団の巨大な陰謀に巻き込まれることになる。


画の力、というのでだろう。偏執狂的なまでに細かく細かく描きこまれた映像を観るにつれ、いやはやセルアニメでの表現はここまで出来るのか、と思った。画面の隅々にまで神経が行き届いた作り込みの凄さは前代未聞である。例えばアクション場面でない、普通のドラマ部分でさえ、鉄の表面をうっすらと覆う蒸気の水滴が蒸発していく様子などがさり気無く背景の一部として描かれていて、こういった全編を覆い尽くす偏執狂的なまでのこだわりは、ただもう圧巻だ。もっとも、映画の多くが実際にはCGでかなりの部分を補われており、それらもセルアニメ風に統一されているので、どこがCGだ、どこがセルだと気にせず、まずは作品世界に集中出来るのは有り難いことである。


冒頭にある蒸気機関を使った工場での事故場面や、レイが発明した蒸気機関一輪車とオハラ財団の蒸気機関の追跡戦など、緊迫感に溢れ、ダイナミックで迫力満点。アニメーションならではの豊かな表現が見られ、これは凄い映画になりそうだと期待を持たせる。


しかし、いくら力のある画でも、話が面白く無いと映画全体を前進させるべき律動として機能しない。映像に圧倒はされても、途中からさして発展しない物語を観るにつけ、僕自身は次第に映像を眺めるだけの傍観者となってしまった。これは、監督・脚本の大友克洋自身が「冒険活劇」と謳っていながら、その脚本が本来は観客をわくわくさせるべき冒険活劇の色彩が薄いのが問題だからであろう。


映画の中盤以降はオハラ財団とイギリス軍との戦争になり、スチーム城を巡る大スペクタクルに雪崩れ込む。それらが壮観であっても爽快でないのは、ただただ破壊のみが描写され、レイの活躍の場が少ないからである。スティーヴ・ジャブロンスキーの音楽が高らかにヒロイズムを歌い上げ、活劇に相応しい音楽を添えていても、映画自体がそうではないのが残念だ。


祖父と父親の確執は良いとして、映画の中盤以降はそのどちらに付くべきか迷うレイ少年が右往左往するだけになってしまい、能動的な活躍を見せる場面が余り無いのが、連続活劇としては致命傷である。散々悩んでも良いから、せめてどんな理由でどっちに付くか決断すべき場面をはっきり見せるべきだった。そこで初めて呪縛から逃れたレイが、活劇の主人公として能動的に動くことができ、映画に爽快感をもたらし得たのではないだろうか。


ここで思い出してみよう。大友の傑作コミック『童夢』でさえ、後半に描かれていたの物語ではなく、カタストロフのみだった。物語性を霧散させてしまっても、徹底した破壊描写そのものが作品のパワーとして読者の心を掴んでいたのだ。しかしあれは活劇ではなかった。童心の持つ残酷性と破壊性を超能力に結びつけた、ある種の寓話とも解釈出来る作品だった。『スチームボーイ』もある種の寓話であっても、それ以前に活劇であるならば、まずは活劇らしく作劇を整えてもらいたかった。この2本を読む・見るに付け、そもそも大友自身の資質と活劇とは合わないのではないか、との印象さえ抱いた。


また、登場人物の描写にも疑問が残る。特にオハラ財団の令嬢スカーレット(!)など、鼻っ柱が強く甘やかされた不愉快な小娘として登場し、物語やレイにどのように絡んでくるのか、はたまたどのような活躍を見せてくれるのかと期待させるものの、さしてルックスも魅力的で無い上に小西真奈美の声も耳障り、ジャージャービンクスの如く不愉快なまでに邪魔臭いだけで、ノイズ以上でも以下でもない。作りようによっては面白い人物になり得た筈だ。彼女を主役にした続編を作るのであれば、人物造詣の徹底した見直しを願いたい。


それでもこの作品にさして悪い印象を抱かなかったのは、今や時代のすう勢となっているフルCGアニメではなく、セル風アニメとしての大作活劇を作ろうという、作り手の心意気が伝わってくるからだ。結果的には間違ったベクトルに向かったとはいえ、その心意気は応援したいもの。だから心情的には続編への期待もそれなりにあるし、また、観たいとも思った。


スチームボーイ
Steamboy

  • 2004年/日本/カラー/127分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for action violence.
  • 劇場公開日:2004.7.17.
  • 鑑賞日:2004.7.17./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘4 ドルビーデジタルでの上映。土曜21時45分からの回、145席の劇場はチケット完売。公開初日のレイトショーは男女比9:1で、異常に男らしい雰囲気。妻が不在の為に1人で行ったので、「ぼかー同類じゃないんです!」と心の中でつぶやいていた・・・りして。
  • 公式サイト:http://www.steamboy.net/ 製作スタッフによるブログが注目。映画サイトでもとうとうブログが登場するようになったか、という感あり。