ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。
アズカバン刑務所から魔法使いシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)が脱獄した。ブラックはハリーの両親の友人だったが、彼の裏切りによって両親は死んだという。脱獄した目的は、どうやらハリーへの復讐らしい。不気味な吸精鬼ディメンターたちによる物々しい警備の中、ハリー(ダニエル・ラドクリフ)のホグワーツ魔法学校生活の3年目が始まる。
前2作の監督だったクリス・コロンバスは製作に回り、新たな監督として迎えられたアルフォンソ・キュアロンの起用は吉と出るか凶と出るか。それがこの映画への個人的関心事だった。結果は吉と出た面もあれば、凶とは言わずとも減退してしまった部分もあり、総体的にはまずまずの仕上がり。凡作続きだったこのシリーズとしては、一番単純に楽しめる出来となった。
今までは感情があるんだか無いんだかで今1つ性格もよく分からず、人間味も薄かったハリーが、冒頭からして怒りと不満を溜め込んだ等身大の少年として登場する。原作ではどうだか知らないけど、この設定で今までの映画と違うと思わせる。『天国の口、終わりの楽園』(2001年)というリアルな傑作青(性)春映画を作ったキュアロンらしいアプローチだろうか。暗いハリーの感情を体現するかのように画面は暗め、全編、夜か曇天か雨か雪のみ、快晴は1度も出てこないという徹底振り。敵味方に無差別攻撃するディメンターの描写も、まるでゴシック・ホラーのよう。『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のナズグルのような全身黒いマントに覆われた幽鬼たちが群がる場面など、異様な迫力がある。
このように画面は明るくないのに、暗い中に独自の美学を携えた映像はリッチで美しい。『バーディ』(1984)、『エンゼル・ハート』(1987)などで凝った映像を披露したマイケル・セレシンらしい仕上がり。新作なのにフィルムの粒状が目立つのに気になったが、フィルムらしい美点は残されている。
映画は特に前半がよく出来ている。シリウスの謎を探ろうとするハリーを中心に展開、お馴染みハーマイオニー(エマ・ワトソン)とロン(ルパート・グリント)の2人に仄かな感情の芽生えを織り込み、笑いも交えて好調だ。それでも枝葉のエピソードの切り捨てが顕著なのだろう。アラン・リックマン、エマ・トンプソンら、豪華なキャストを先生たちに配しながらも、可哀相なくらいに使い捨てなのは勿体無い。2時間半以内に収めるべく、メイン・プロットとメイン・キャラクターに絞り込んだのは分かるし、それが映画にテンポをもたらし、観客の興味を引っ張ってはいる。その代わりに犠牲になったものも少なくない。
学園生活の描写を切り捨てた為に、1年間の物語の筈がせいぜい2〜3ヶ月くらいにしか感じられないのは残念だし、そのお陰で前作までが持っていた作品のスケール感がダウンしてしまった。巻を重ねていくに従って長くなる原作と対照的に、シリーズで一番短い上映時間が示す通り、特に後半は駆け足気味なのであちこち説明不足の個所が目立ち、最後まで理由や真相が分からないところもある。また、前2作、特に第1作にあった「魔法」そのものの存在感が希薄に感じられる。キュアロンは魔法を信じていないのだろう。子供の成長に合わせて、良きにつけ悪しきにつけ、映画も大人になったようだ。
それでは無味乾燥な出来映えになったかというとさにあらず。原作ファンには不評のようでも、映画ファンとしてはこれはこれで楽しめる映画にはなっているのが面白い。先に述べた映像のこだわりもそうだが、要所で細かい所に神経がいっているので、作品に独特の手触りをもたらしている。中盤にあるバックビークの飛翔場面など、湖面に脚が触れて飛沫が舞う1ショットがもたらす高揚感を見よ、と言いたい。細かい脇の描写に腐心していた割には、あっさりとした凡庸の呪縛から逃れられなかったクリス・コロンバスの演出と対照的である。キュアロンは魔法を信じていなくとも、映像の力は信じているようだ。本作における、枝葉を刈り込みながらも映画としてのディテールを忘れない製作陣の姿勢は、正しかったのではないか。
また、シリーズ3作目にして初めて「大人」が描けている作品となっているのにも注目したい。今までの単に理不尽なイヤがらせ役か、単に理不尽なえこひいき役といった記号ではなく、ハリーの支えとなる心の師とでも呼ぶべき人物の登場で、それこそ大人も納得して鑑賞できる作品になった。これがシリーズの転機となってもらいたいものだ。ついでに願わくば、次回作以降は観ている間が楽しいだけでなく、観終えてからも印象に残る作品になってくれれば、尚良い。
ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
Harry Potter and the Prisoner of Azkaban
- 2004年/アメリカ/カラー/141分/画面比2.35:1
- 映倫(日本):(指定無し)
- MPAA(USA):Rated PG for frightening moments, creature violence and mild language.
- 劇場公開日:2004.6.26.
- 鑑賞日:2004.7.3./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘2 ドルビーデジタルでの上映。土曜21時45分からの回、280席の劇場はほぼ満席の入り。
- 公式サイト:http://harrypotter.jp.warnerbros.com/main/homepage/intro.html 映画の美術を意識したFRASH多用の見かけが面白いですが、内容は意外にシリーズ最新作に関するものが少ない。インタヴュー(動画・文字)、ゲーム、スクリーンセーバー、壁紙などあり。