トロイ


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

トロイの王子パリス(オーランド・ブルーム)は、ギリシア連合に属するスパルタの妃ヘレン(ダイアン・クルーガー)と恋に落ち、彼女を母国トロイに連れ帰ってしまう。激怒したスパルタ王メネラオスブレンダン・グリーソン)は兄のミュケナイアガメムノンブライアン・コックス)と共に、歴戦の勇士アキレス(ブラッド・ピット)を筆頭に大量の大軍勢をトロイに差し向ける。かくしてトロイヤ戦争は始まった。


戦乱のきっかけとなった恋、国対国の闘い、美男美女の共演、と見所満載の超大作は、意外にも人間ドラマに主眼を置いた作品でもある。脚本は佳作『25時』(2002)の原作・脚色で一躍脚光を浴びたデヴィッド・ベニオフ。なるほど、神々の影は殆ど感じられず、人間同士のぶつかり合い中心なのが彼らしい。単純な娯楽映画になるのを避けるためか、現実の戦争を想起させる場面も用意してある。このような内容自体は予想外ではあったものの、この脚本家の名前でこのアプローチも納得出来るもの。よって各ドラマも、達者な役者達によってさらに魅力的になっている部分があり、そこに目が行く。


戦争に突入するのであれば、国を司る者の一員として、例え弟であろうと切り捨てなくてはならないのに、そうは出来ない兄の葛藤が描かれている。パリスの兄ヘクトルは冷静で賢く、愛情と思いやりに溢れた司令官で、歴戦の勇士でもある。演ずるエリック・バナは儲け役とは言え、この作品で一番輝いている。悪い状況に進むのは傍から見ると明らかなのに、それが目に入らず、ことごとく判断を誤り、全てを破滅に導いてしまう王プリアムピーター・オトゥールも素晴らしい。ヘクトルとパリスという2人の息子を慈愛に満ちた眼差しで見つめ、気品ある善性に溢れた人物でありながら、哀れを感じさせるのだ。特にアキレスのテントでの場面の演技は素晴らしい。この手の大作にありがちな背景にある記号と化した人物ではなく、血の通った脇役として印象に残る。


この映画、実は男優を見る映画でもある。アキレス役ブラッド・ピットは鍛え上げた自慢の身体を惜しげも無く見せまくり、とにかくよく脱ぐが、細かい感情表現はやはり苦手なよう。しかし演技力は無くとも、スターの持つオーラで映画を支えている。無礼な反逆児であり、時に憎しみの塊となる戦士。単純な英雄でなく屈折した役柄なのも、ピットらしい選択だろう。パリス役オーランド・ブルームはルックスはともかく、こちらも演技はまだまだ。それでも見せるのだから、スター性があるということか。このように男優陣が元気なのに比べ、女優陣が全く冴え無いのはどうしたものだろうか。ことにヘレン役ダイアン・クルーガーは確かに美人ではあるが、2つの国を戦乱に導くだけの華と魅力に決定的に欠けている。ヘクトルの妻役サフロン・バロウズもしかり。もっとも彼女らの描き込みの程度を見ると、そもそも女性たちには興味の無い映画のように見える。


ウォルフガング・ペーターゼンの演出は力強く、『エアフォース・ワン』(1997)、『パーフェクト ストーム』(2000)などでお馴染みの硬質なタッチ。そして事前に危惧していた通り、情感の不足により悲劇が余り胸に迫ってこない。脚本はドラマに力を入れているのに、そこに流れる感情を機敏にすくい取る繊細さが演出に欠けているのだ。感情移入を排した硬質なタッチでも、『U・ボート』(1981)が素晴らしかったのと対照的。もっともそれをペーターゼンに望むのははなから無理というもの。それでも劇映画監督としてのドラマ・アプローチとしては最低限の仕事をしていて、望むと望まざるに限らず、闘いに翻弄されるアキレスとヘクトルという2人の英雄を描くことには力を入れている。女性の影が薄かろうというのも納得である。


娯楽スペクタクルとしての大きな欠点としては、トロイの木馬以降のくだりが駆け足気味なので、終盤の盛り上がりが欠けてしまう点が挙げられよう。しかしペーターゼンが起用された意味は十分にあり、緊張感溢れる場面はさすが。数々の戦闘場面の素晴らしさはどうだろうか。冒頭のアキレス登場による1対1の闘い。ヘクトル対アキレスの息詰まる闘い。特筆すべき最高の場面は、中盤にあるパリス対メネラウスの対決から一挙に緊張感を盛り上げ、ギリシア対トロイの合戦場面に雪崩れ込む大スペクタクルのくだりだ。個対個、群集対群衆でも、何が起きているのかはっきり分からせる具体的描写と編集が効を奏し、最近のMTV的小間切れ編集による目まぐるしいばかりで何が何やらさっぱり分からん、という映画とは一線を画している。1対1の対決場面が多いにも関わらずその都度趣向を変え、マンネリズムならず、緊張感を持続させているのも注目に値する。こういったところにヴェテラン監督の力量が見て取れるというものである。


1年間の準備期間を設け、ペーターゼンとも上手くいっていた筈なのに、スニーク・プレヴューでの一般客の意見によって土壇場でクビにされたガブリエル・ヤーレに代わり、突然登板したジェームズ・ホーナーの音楽は相変わらず。ソリストやコーラス、音楽的アイディアをヤレドから引継ぐという、そもそも意味不明な交代劇からしてケチが付き、2週間という超タイトスケジュールだろうがなかろうが、いつも通りに他人からの盗用と自己再生産を繰り返す手法は、スコアリングは上手いけど・・・それ以上は何も言いますまい。それにしてもこの手の映画に付ける音楽にしてはメロディ・ラインの細さは否めない。エンドクレジットには、映画に合っているとは到底思えないジョシュ・グローバンの歌(無論、プロデュースはデヴィッド・フォスター)が流れる。いや、この歌自体は悪くないし、グローバンの責任ではないけれども、映画に合っているかどうかという観点からすると、どうしたものだか。『エアフォース・ワン』でランディ・ニューマンをクビにし、急遽2週間でジェリー・ゴールドスミスに曲を書いてもらったという、今回と似た前科がペーターゼンにはあるし、またもやの作曲家交代とか歌とかを見聞きするにつけ、実は音楽のことをまるで分かっていやしないのではないだろうか。


トロイ
Troy