殺人の追憶


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

とある農村で起きた連続婦女暴行殺人事件を捜査する地元刑事パク(ソン・ガンホ)と、捜査の協力の為にソウルからやってきた刑事ソ(キム・サンギョン)は、互いに反発しあいながらも犯人を追う。幾多の容疑者を見つけ、じわじわと真犯人に近付くかに思われるものの、その度に真相は彼らの手をすり抜けてしまう。


1980年代、軍政下の韓国で実際に起こった事件に材を取ったポン・ジュノ監督作品は、緊張と笑いに満ち、繊細で力強く、そして鑑賞後に強烈な印象を残す作品となっている。


サイコ・スリラーになりそうな題材でも、事件を追う刑事たちをとことん描く正統派刑事映画路線。ちょっと懐かしささえ感じさせる作りだ。丸刈りで太めな地元刑事の犯行現場を仕切るその姿から、地元警察の中で唯一の切れ者かと思わせるが、実はそうでもない。人の目を見ればそいつがどんな奴か分かると豪語する彼は、物証をさほど重視せず、後輩刑事と共に容疑者に拷問を働き、自白に追い込むタイプだ。一方のソウルからやって来た若くハンサムな佐藤浩市似の刑事は、物証や過去の書類を重視する理論派。当然ながらこの2人は馬が合う筈もなく、衝突しながら捜査を進めていくことになる。


この2人の最初の衝突が、地元刑事の都会刑事に対する跳び蹴り。キム・サンギョンの登場早々に跳び蹴りを食らわせるタイミングが可笑しく、この監督やるじゃないか、と思わせる。陰毛を残さない犯人を追って無毛の男を捜すべく銭湯巡りをしたり、祈祷師頼みになったりと、実際にあった捜査とはいえ可笑しい。こういった笑いに対する感覚は、スマートでなくとも好印象を残す。捜査に執念を燃やす男たちの映画には、これくらい野暮ったい方が似合っているのだ。要所に挿入されるユーモアは作品に呼吸を与え、それによりかえって緊張感を際立たせている。張り込み中の追跡場面など、アクションの撮り方もわきまえているし、刑事たちの執念を軸にしつつも暴力描写を抑え、全体に太い線でぐいぐい押していくポン・ジュノの腕力は見応えがある。


映画で興味引かれるのは、捜査の進展だけではない。夜間灯制や、事件の防止よりもデモ隊鎮圧の為に警官が総動員されたことにより、幾人もの女性が夜道で犠牲者になったことを示す。当時の韓国社会が個人よりも体制維持重視だったことが、韓国に疎い僕にでも分かるよう、さり気無く描写されている。そのような描写の根底に流れているのは無念というキーワードではないだろうか。


中々犯人を特定できず、犠牲者は増えていくばかり。捜査が進むに連れて事件を阻止できそうだったのに、それが出来なかった無念と、捕り逃がした犯人への怒り。これらの感情を劇中の刑事と観客が共有できるとき、この映画は成功したと言えよう。その感情は終盤に向けて高まり、雨が降る中でのクライマクスで爆発する。鉄道のトンネルを前にした、容疑者と刑事を演ずる迫力ある役者たちの演技には心打たれる。狡猾な犯人にも潔白の青年にも見える、容疑者役パク・ヘイルも素晴らしい。そして映画は、全てを急転直下で奈落の底に落とした後、静かだが様々な感情を内包したソン・ガンホのクロース・アップで無念にも幕を引き、観客に強烈なアッパーカットを食らわせる。この震える程に素晴らしいラストが映画を引き締め、秀作に押し上げた。顔1つでインパクトを与えるソン・ガンホは凄い役者だ。


様々な顔を持つ映画に仕立ててたポン・ジュノとシム・ソンボによる脚本の強さも褒め称えたい。岩代太郎の音楽は前半ではパーカッションを多用、終盤ではストリングスを前面に出して、映画をドラマティックに盛り上げる。


人間性を信じながらも、同時に人間の持つ悪に対する怒りを静かに燃やす力作として、大いに記憶されるべき作品である。


殺人の追憶
Memories of Murders

  • 2003年/韓国/カラー/130分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2004.3.27.
  • 鑑賞日:2004.4.28./シネ・アミューズ EAST ドルビーデジタルでの上映。ゴールデン・ウィーク直前の平日水曜10時45分からの回、132席の劇場は30人程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.cqn.co.jp/mom/ スタッフ&キャスト紹介、予告編、プロダクション・ノートなど。「監督インタビュー」と「事件の記録」が鑑賞の手引きとなる。