carmen.カルメン


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

19世紀初頭のスペイン。エリート兵士のドン・ホセ(レオナルド・スバラグリア)は、奔放なジプシーの娘カルメンパス・ベガ)に心奪われてしまう。そして彼の転落が始まる。


カルメン』といってもビゼーの有名オペラの映画化ではなく、その元となったプロスペル・メリメの小説を原作にしている。メリメの小説も実話を元にしているそうだが、この映画は山賊として逮捕され、死刑判決を受けたホセから、メリメが事の顛末を聞くという構成になっている。そもそもが有名な話だし、映画も回想形式なので、観客は既に結末を知っている。それでもホセの体験談に心惹かれるのは、ホセの目を通して描かれるカルメンが、非常に魅力的に描かれているからに他ならない。


カルメンは激情的で、一見すると単に本能の赴くままに生きているように見える。自らを悪魔の手先と名乗り、自分を貶めようとする者の顔を切りつけ、いい男を見れば誘惑し、優しいと思った次の瞬間には冷酷に振舞う。


カルメンの身体で釣られたホセは、己の欲望に負けて彼女の言うがままに悪事を重ねていく。カルメンの誘惑に耳を傾けなければ、とは本人も自覚していく。それでもカルメンの全てを自らのものにしたい。その欲望が勝るのだ。ホセは単にカルメンの肉体だけではなく、彼女の心が欲しかったのだ。しかしカルメンはホセの求婚をもはねつける。ホセの悪事は最初は些細なものだったのに、徐々にエスカレートし、やがて人を殺め、遂には全てを破滅させてしまう。


この物語が悲劇的なのは、型にはまった幸福な家庭を欲しがった男と、自らを社会の規定に当てはめず、精神的にも肉体的にも自由でいたかった女の物語だからだろう。この場合の男とはドン・ホセ固有ではなく男そのもの、さらに大きく見れば社会の象徴とも読めよう。そしてカルメンとは自由人であるが故に、その社会に対する反抗者・破壊者となってしまった者なのだ。


映画には様々なメタファーが注意深く配置され、奥行きを与えている。ホアキン・ホルダと監督ヴィンセンテ・アランダの脚本は、観客に解釈の手助けをしている一方で、含蓄に富んだ内容ゆえ、1つの解釈に束縛することはない。カルメンとホセにサドマゾ的な関係を見出すのも良いし、カルメンと教会のマリア像の対比にホセの願望を読み取っても良い。単純に狂おしいラヴ・ストーリーとして観るのも良いのだ。加えてアランダの演出はスペインの郷土色豊かに作品を彩り、狂気に近い愛憎を描き出した。メリメがホセから話を聞きだすまでの序盤がやたら長いのが難点だが、後から思えば2人の絆が自然に出来上がるのに必要だった時間と分かる。


カルメンパス・ベガファム・ファタールとして完璧で、魔性とでも言うべき魅力を備えている。しかも単なる悪女ではなく、欲望に任せながらもどこか人生を必死で生きている様が伝わる。これは彼女自身の演技力だけではなく、脚本・演出の力も大きいだろう。ヴェガのカルメンも極めつけに強力だが、僕自身はホセ役レオナルド・スバラグリアの方が印象に残った。制服姿も美しい、世の汚れを知らない青年伍長から、暗い瞳に炎を宿した男への変貌も鮮やか。最期にはカルメンへの想いを後悔せず、極刑も含めて運命の全てを受け入れる凛々しさ。この映画はカルメンの物語だけではなく、ドン・ホセの物語でもあるのだ。


carmen.カルメン
Carmen

  • 2003年/スペイン、イギリス、イタリア/カラー/118分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):R-18指定
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2004.3.6.
  • 鑑賞日:2004.3.26./Bunkamura ル・シネマ1 ドルビーデジタルでの上映。平日金曜11時30分からの回、150席の劇場は約半分の入り。
  • 公式サイト:http://www.crest-inter.co.jp/carmen/ 映画紹介、予告編など。BBSでは質問等に対して、配給元のクレストインターナショナルから丁寧な回答が書き込まれており、珍しいだけでなく好感が持てる。