ペイチェック 消された記憶


★film rating: C+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

作業中の記憶を消すことを条件に、高額の報酬で企業に雇われ、開発を行う凄腕エンジニア(ベン・アフレック)。これで引退とばかりに引き受けた大仕事の後、警察と企業が差し向けた殺し屋達に追われる羽目になる。失われた3年間に一体何があったのか?


『クローン』(2001)、『マイノリティ・リポート』(2002)と、最近流行りのフィリップ・K・ディック原作の映画化。この人の小説は一時期かなり読んだが、どれもこれも基本的に似た話なので、原作短編の『報酬』を読んだかどうかも憶えていない、というのが正直なところ。それはともかく、アイディンティティへの疑いと恐怖が根本にあるSFスリラーの数々は、緊張感のある展開にどんでん返しと、まさに映画にうってつけ。今度の作品はアクションと男同士の友情と闘いを描くのが得意なジョン・ウー監督ということだが、よくもまぁこれだけ分の悪い仕事を引き受けたものだ、とある意味感心してしまう。


同じくディック原作のスピルバーグトム・クルーズ作品『マイノリティ・リポート』の、あのSFマインド溢れる描写の後でもあり、そもそもSFに興味が無いと公言してはばからないウーが監督とあって、いやはや分が悪いのは当然のことと言えよう。いや実際、あちらの豪華プロダクションに比べ、事件の核心である大道具やSF的場面にまるで魅力が無いのを見るにつけ、SFとして期待するとかなりがっくりくる映画なのは間違いない。元はSFだった脚本を強引に自分のテリトリーに引き込んだ快作『フェイス/オフ』(1997)に比べ、本作の気合の抜けたぬるい作りには落胆してしまう。


公平な目で見てみると、これはそんなに面白い映画ではないが、そんなにひどい映画でもないだろう。特に前半にある、何の変哲も無い小道具で次々と敵をめくらまし、撃退し、何とか活路を切り開こうとする展開は、観ていて楽しいものだ。しかし途中から特に目新しくも無いアクション場面が続くにつれ、観ているこちらはスクリーンから気持ちが離れていってしまう。


ジョン・ウーは不器用でも偉大なるワンパターンの監督である。男と男の対立が鮮やかに描けているときは素晴らしいアクション映画を作り上げるが、そうでないと不出来になってしまう。これがその作品だ。すかすかの脚本でもそれなりの映画として仕上げる力量があるかどうか、この企画はその試金石だったのかも知れない。しかしウーはやはり不器用な監督だった。軽量級で平凡でも、それなりに楽しめるプログラム・ピクチャーを作れる職人肌の監督ではなかったのだ。


早くも落ち目の烙印を押されそうなベン・アフレックが主演でも良い。しかしユマ・サーマン、あなたは一体全体どうしたの? と言いたくなるくらい、哀れなほど不細工に撮られたユマが出ていても、またSFと同じくらい女性キャラクターに興味の無いウーとあって、彼女にろくな人格も与えられていないのも、後半に連打されるアクションはしっかり撮られているのに、映画としての求心力が失われて白けるしか無いのも、全てジョン・ウーの苦手要素の表れなような気がする。


ここのところ『M:I-2』(2000)、『ウインドトーカーズ』(2001)とやや下降気味の中、腐ってもウーとばかり熱い男のアクション・ドラマを望むのはもう無理なのだろうか。向かい合っての二丁拳銃や飛び立つ白い鳩といった映像を、ハリウッドで失われつつあるアイディンティティに対する必死の抵抗とばかり、自らの烙印を懸命に残そうとする姿すら哀れに思えた。


ペイチェック 消された記憶
Paycheck

  • 2003年/アメリカ/カラー/119分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense action violence and brief language.
  • 劇場公開日:2004.3.13.
  • 鑑賞日:2004.3.13./ワーナーマイカル新百合ヶ丘2/ドルビーデジタル 公開初日の土曜、レイトショー21時30分からの回、280席の劇場は8〜9割の入り。
  • 公式サイト:http://www.paycheck.jp/ SFチックなデザインのサイト。脱出用小道具の紹介もきっちりある。キャンペーン・クイズあり。映画の知識に自信あり人は挑戦してみると良いかも?