シービスケット


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1930年代アメリカ。不況の最中、それぞれの挫折を乗り越えた3人の男たちと、庶民に希望を与えた名馬シービスケットの実話。


世の中には、観終えた後に元気が出てくる映画がある。感情移入出来る等身大の登場人物たちが、如何に苦難を味わおうとも、最後には何かを得てくれる。または何かをなし得てくれる。それを観て、僕らも元気をもらう訳だ。


シービスケット』はまさしくそんな映画である。『ビッグ』(1988)や『デーヴ』(1993)の脚本、『カラー・オブ・ハート』(1998)の監督と脚本を手掛けたゲイリー・ロスが放った、これは特大の長打だ。


序盤でロスは、たっぷりと時間を掛けて3人の男達の半生を描き込む。
ジョッキーのレッド・ポラード(トビー・マグワイア)は、両親との少年時の生き別れで心に傷を負っている。一代で財を成した自動車王のチャールズ・ハワード(ジェフ・ブリッジス)は、家族の死から立ち直れない。無口なカウボーイのトム・スミス(クリス・クーパー)は、時代に乗り遅れて孤独な日々を送っている。


エクサイティングな競馬映画としてテンポの早い波乱万丈のドラマを期待した観客は、予想外にゆったりとした出だしに乗り損なってしまう可能性がある。確かにこの序盤は、映画全体として見るとバランスが悪い。しかし劇中で頻繁に挿入される当時の国情説明でも分かる通り、これは3人の主人公の半生を通して、アメリカが歩んだ時代そのものをも描こうとする、野心と愛国心に満ちた映画でもあるのだ。愛国心と言っても最近のきな臭い国際情勢に重ね合わせられるものではなく、純粋に自国の過去を振り返る想いなので、観ていて引っ掛かるところはない。


後の名馬シービスケットは、小柄な割りに大飯喰らい、粗暴で誰にも相手にされなくなった馬だ。シービスケットも3人の男たち同様に心に傷を抱える身。男たちとこの馬が出会い、お互いの傷を癒しながら、やがて彼らは時代の寵児へとなっていく。


この映画が成功した要因の1つに、人物描写が丁寧なことに挙げられる。演出は彼らに寄り添うような視線を投げ掛けながら、大袈裟なお涙頂戴の描写を避け、適度な距離を保っている。その分別ある暖かみのある演出が心地良く、さわやかな感動を与えてくれる。マグワイア以下の優秀な役者たちの、さりげなくも心に響く演技も特筆ものだ。


感情移入過多の映画にしようと思えば出来た筈。しかしこの作品のスタッフ、キャストはそうはしなかった。演出と演技の持つ節度が、作品をより好ましいものとしている。


西海岸の競馬界で連戦連勝街道を驀進する彼らは、富豪の所有する血統書付きの東海岸の名馬ウォーアドミラルを倒そうとする。当時、西海岸の競馬は東海岸から低く見られていたので、真に認められるには東海岸のスターを倒すしかなかった。東海岸の上流階級から見れば、西海岸は大恐慌で財産を失って流れ着いた挫折者の土地である。しかも競馬は元々は金持ちのスポーツだ。叩き上げの庶民が、富と力を持てる者に立ち向かう図式は痛快である。


自分たちを歯牙にも掛けないウォーアドミラル陣営に対し、シービスケット陣営はマスコミを使って世間をあの手この手で煽り立てる。やがて根負けしたウォーアドミラル側との勝負へとなっていく訳だが、決戦前にも情報戦やら作戦やらで周到な準備をする内幕が面白い。


全編に散りばめられたレース場面は手に汗握る緊迫感と迫力。複数のキャメラで捉えたレース場面は、疾走する馬の荒々しさだけでなく優雅さえも映し出し、時折ドキュメント・タッチの映像も交え、傑出した出来映えだ。映画ならではの力強さと躍動感を生み出した撮影と編集の見事なコラボレイションは、正にプロの仕事と呼ぶに相応しい仕上がり。但しランディ・ニューマンの音楽は、ドキュメント・タッチの映像に不必要に感じた。レース場面では殆ど音楽無しでも良かったように思う。


後半ではティームがさらに大きな挫折を味わい、奇跡的な再起を成し遂げる様を描く。そのクライマクスの盛り上げも素晴らしく、感傷が尾を引きずらないさっぱりした終わり方が、かえって余韻を残して美しい。


競馬に興味の無い僕でも思わず画面に声援を送りたくなる映画は、最近になく品のある旧き良きハリウッドの伝統を持つ映画として、広くお勧めできる。


シービスケット
Seabiscuit

  • 2003年/アメリカ/カラー/141分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for some sexual situations and violent sports-related images.
  • 劇場公開日:2004.1.24.
  • 鑑賞日:2004.1.24./ワーナーマイカル新百合ヶ丘8/DTSでの上映。公開初日の土曜日、レイトショー21時35分からの回、238席の劇場はほぼ満席もしくは完売。
  • 公式サイト:http://www.seabiscuit.jp/ 映画紹介、予告編、トビー・マグワイア来日記者会見、史実の年表など。プレゼント募集あり。