ミスティック・リバー



★film rating: A+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

路上で遊ぶ3人の少年の1人が偽警官にさらわれ、監禁された少年は4日後に自力で戻って来た。その忌まわしい事件から25年後、3人は再会する。1人は被害者の父親として。1人は警官として。そしてもう1人は容疑者として。


クリント・イーストウッド24本目の監督作品は、驚きを持って観ることが出来た。傑作『許されざる者』(1992)以降の作品、例えば『スペース カウボーイ』(2000)、『ブラッドワーク』(2002)などを楽しませてもらっていたが、これら肩の力を抜いた軽い作品を観るにつけ、生涯一の映画をものにした以降の余力で作っているかのように思えたものだ。イーストウッドは『許されざる者』が最後の傑作か、と思っていたところに、まさかこんな力の篭った映画を撮り上げるだけの余力が、まだ残っていたとは。


ミスティック・リバー』はメガトン級の傑作だ。


デニス・ルヘインの原作は素晴らしい小説だったが、『L.A.コンフィデンシャル』(1997)という傑作脚本を書いたブライアン・ヘルグランドの脚色も負けず劣らず素晴らしい。様々な要素を組み込み、入り組んでいた小説を、香りを損なうことなく見事なまでに映画向けに置換している。その脚本を映画に仕立てたイーストウッドの演出は、殆ど完璧と言っても良いくらいの出来映えだ。


余計な要素を削ぎ落とした簡潔な演出スタイルは健在で、説明を極力省く自信に溢れたタッチでいながら、観客を置き去りにしない謙虚さを忘れていない。ペース配分は申し分無く、物語の興味で引っ張りながらも、各人のドラマをもがっちり描いている。また監督業に専念したことにより、近作で顕著だった老いに対するナルシスティックで自虐的なセルフ・パロディが顔を出さなかったのも功を奏している。


犯人探しのプロットに絡められるのは、脇役にまで目を光らせた登場人物たちの心理描写。怒り・暴力・トラウマといった人間の闇に目が向けられている。こぢんまりしたドラマとして矮小化することなく、映画を観終わるとアメリカと暴力というテーマが背景にあったことが浮き上がってくる仕掛けにしているのだ。このテーマは『許されざる者』でも取り上げられていたが、イーストウッドはここでも大きなキャンバスを使って、細密な人間模様を描き切った。


実際、心理描写にはかなりの時間が割かれており、物語の展開を追うだけのミステリ/スリラー映画としては、下手をすると胃がもたれかねない。しかしイーストウッドの人間を見つめる冷徹な視線と、優れた役者たちが披露する演技が、表面的には静かでも実はドラマティックな映画の原動力として機能しているのである。こういった幾つもの要素が、衝撃的なクライマクスを不可避で説得力あるものにしている。


この映画が奇跡的なのは、女優から子役の全てに至るまでもに隙が無いこと。例えば、被害者のボーイフレンドの登場場面に、彼が終盤で見せる表情を予想することは不可能だろう。また刑事の相棒役ローレンス・フィッシュバーンも、緊張感のある人物たちの中で、唯一映画に安心感を与えている。もちろん、主人公たちも皆素晴らしい。この映画はアンサンブル演技の見本でもある。


被害者の父親役ショーン・ペンは存在感を見せ付ける。前科者で今も密かに街を仕切っているものの、雑貨屋を営み、愛情を家庭に注ぎ込む良き父親。娘を奪われた悲しみと怒りに囚われた彼が徐々に現す本性を、ペンは人間の業さえ付加して演じている。元々「負」のパワーを表現することに掛けても力量を示す役者で、ここでも圧倒的な演技力を見せてくれる。


少年時の事件がトラウマとなって抜け殻のようになってしまった容疑者を、ティム・ロビンスは大きな身体を持て余し気味に使って表現している。奥底の傷を隠した無表情と表情の狭間で揺れ動く心理。繊細でいながらもあざとさが無い演技から目を離せない。


この2人に比べると刑事役ケヴィン・ベーコンは役柄上やや分が悪い。時折無言電話を掛けて来る、家から出て行った妻に心を痛める刑事は、古い友人の事件にプロとしても対処しなくてはならない。言わば他の2人に比べると地味目な役柄だろう。しかしベイコンは演技に思慮深さを発揮していて、シャープでリアルな緊張感を醸し出している。


彼らは役柄に対してそれぞれ違うアプローチを行っている。しかしどの登場人物の行動も、真に迫るものがあるのだ。


そしてこれは男たちのドラマだけでなく、女たちのドラマでもある。


マーシア・ゲイ・ハーデンは容疑者である夫への疑惑に駆られて怯え、思わぬ罪を背負う妻役を卓越した技量で見せる。またペンの妻役ローラ・リニーは最後の最後にあっと言う見せ場がある。これぞ千両役者。映画はラストに至って、これから夫たちだけではなく妻たちの物語が始まることを示唆する。


あるものは浮かび上がり、あるものは沈んで消えてゆく。人の繋がりが連鎖して、次の事象を引き起こす。人の人生を河の如く流れ続けるものとして描き、後悔しても時間を取り戻せることなく、それを背負ったまま続いていく。この映画が胸を打つのは、押さえが利かなくなる個々の運命の歯車を描いているだけでなく、それも世界の一部として捉えていることだ。


娯楽としても成立している優れたアメリカ映画文学として、これは必見の映画である。


ミスティック・リバー
Mystic River

  • 2003年/アメリカ/カラー/138分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for language and violence.
  • 劇場公開日:2004.1.10.
  • 鑑賞日:2004.1.14./ワーナーマイカルつきみ野6/ドルビーデジタルでの上映。平日水曜のレディース・デイ、10時20分からの回、199席の劇場は約半分の入り。
  • 公式サイト:http://www.warnerbros.co.jp/mysticriver/ 文字情報が殆どのサイト。予告編、北米公式サイトへのリンクあり。北米サイトはFLASHを多用した作りになっている。