ラスト サムライ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

南北戦争の英雄オールグレン(トム・クルーズ)は、近代化を急ぐ明治政府の役人・大村(原田眞人)の招きで来日する。オールグレンは政府軍を近代的軍隊に仕立て、早急な改革を推し進めようとする政府に反抗する侍のリーダーである勝元(渡辺謙)一派を討伐すべく雇われたのだ。しかし戦の末に勝元に囚われたオールグレンは、侍たちの人と成り、そして生き方に魅せられ、やがて政府への反旗を翻すべく勝元と行動を共にするようになる。


これは渡辺謙を観る映画である。ハリウッドの超大作だからと言っても変に肩肘張らず、風格と貫禄を持ち合わせながらも軽妙さも垣間見せる侍リーダーを、多面的かつ非常に魅力的に演じた。いつも通りに大熱演のトム・クルーズと一緒の場面でも、世界的大スターが霞むほどに圧倒的な存在感を見せ付ける。タイトルの「最後の侍」も渡辺演じる勝元のことゆえ、実質的な主人公は彼と言っても良いくらいだ。


普段は軽さも見せられる優れた俳優・真田広之は、常に緊張感を持続させる演技一辺 倒なのが勿体無い。しかしこれも渡辺と2人でユーモラスな演技を見せてくれたならば、映画のバランスが崩れてしまっただろう。そんな訳でこれはこれで納得のいくものだが、もう少し大きな役で観たかったというのも本音である。 意外な収穫が敵役の原田眞人。”いかにも”憎たらしい役人を演じていて、本職は映画監督なのでさすがに上手くは無いけれども、印象に残る儲け役だ。また、夫をオールグレンに殺された勝元の妹役・小雪も控えめな演技でほんのり色香を出し、美しく撮られている。


洋の東西のスターが揃った画面は一見の価値があるが、映像面でも全編見所あり、と言っても過言でない。


正統派の時代劇が何故邦画で作れなくなったのかは、この映画を観れば明らかだ。数々の衣装やセットの作り込みは繊細を極め、雑多な群集で賑わう横浜のオープンセットのスケールなど感嘆すべきもの。大規模な合戦場面も迫力満点である。こういった物量投入場面はもはや活気の無い邦画では不可能だろう。また、それらを見事に大画面に描き出した名手ジョン・トールの撮影は、いつもながら素晴らしい。重厚で陰影に富み、色彩豊か。奥行のある構図に色気のある役者たちを切り取りつつ、背景にマッチングさせるその手腕には、改めて感嘆するしかない。


近年はやや不調気味だったハンス・ジマーの音楽も、やたら滅多ら派手でうるさい曲を乗せる愚を犯さず、控え目なメロディに日本の楽器の音色をさりげなく乗せていて好感が持てた。


エドワード・ズウィックの演出は非常に力の篭ったもので、時折ユーモアを挿入するも基本的には真剣そのもの。日本人から観て時折おかしなところも目に付くが、それは僅かな瑕疵にしか過ぎず、日本文化や侍への真摯な想いがはっきりと伝わる。外国人の目で見た”侍”という存在を描いた映画が、日本人にとっても分かり易いテクストとして機能しているのは興味深いものだ。劇中の侍たちは武道に秀でているだけではなく、詩や舞踊など芸術にもたしなんでいて、こういった姿は日本の時代劇ですら滅多に無い、珍しい描き方なのではないだろうか。


このように素晴らしい部分は随所にあるものの、この映画には脚本の不出来という大きな欠点がある。


戦争で傷心状態の主人公が、異文化と出会い、癒されていく。このプロットが『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990)そっくりなのはまぁいいとして、劇中の侍たちがとうてい軍備で敵わない政府軍に戦を挑む姿から、観客が一体何を感じ取れば良いのか分からなくなるのは大問題だ。


そもそも織田信長の昔から戦には鉄砲が使われていて、侍と鉄砲の共存は当たり前だった筈。それを近代文明と古き良き文明の衝突に収斂しようとしたからだろう、脚本家たち(ジョン・ローガンエドワード・ズウィック、マーシャル・ハースコヴィッツ)が勝元たちを飛び道具を忌み嫌う侍と設定したのがつまづきの始まりだ。だから大砲やガトリングガンを配置した軍備で圧倒的に勝る政府軍に対し、刀・槍・弓で立ち向かう勝元たちが単に討ち死にしたいのか、それとも他に何かをしたいのかが分からなくなってくるのである。


奇しくもオールグレンは、リトル・ビッグホーンの戦いでアメリカ先住民に殲滅させられた、カスター将軍率いる第七騎兵隊の生き残りという設定だ。当時の英雄カスターは、女子供も殺す卑劣な男として劇中で幾度もオールグレンによって否定される。文武に秀でた人格者であるリーダーとして勝元を描いているのに、カスターを持ち上げる彼を勝ち目の無い戦いに部下を率いる狂気の男として描きたいのか、といった疑念も観る側に出て来るのだ。


ひょっとしたら作者たちは、野盗と化したメキシコ軍に多勢に無勢で闘いを挑み、何百人も道連れに滅んでいった無法者たちを描いた傑作西部劇『ワイルドバンチ』(1969)に、この作品を重ね合わせようとしたのかもしれない。でも、未来と希望を殺されたゆえの怒りを大爆発させた時代遅れの中年無法者たちと違い、この作品の侍たちの動機が不明になっていくのは困りもの。あぁ、そういえばあっちの映画の悪玉マパッチ将軍役はメキシコの映画監督エミリオ・フェルナンデスが演じていて、こっちは日本の映画監督の原田眞人かぁ、などと思うこそすれ、テーマが似ているのかどうかさえ分からない。


表面上は面白く、滅びゆく侍たちへの作り手の郷愁こそ伝わるけれども、過去の名作からの表層的な抜粋が目立つ脆弱な脚本ゆえに、『ラスト・サムライ』は美しいけれども意味不明な、センチメンタルな作品に仕上がってしまった。


ラスト サムライ
The Last Samurai

  • 2003年/アメリカ/カラー/144分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence and battle sequences.
  • 劇場公開日:2003.12.6.
  • 鑑賞日:2003.12.13./ワーナーマイカルつきみ野9/ドルビーデジタルでの上映。土曜21時20分からの回、462席の劇場は7割の入り。3館上映のお陰か、ぎりぎりのチケット購入も割かし良い席を確保出来た。
  • 日本版公式サイト:http://www.lastsamurai.jp/ スタッフ&キャスト紹介に予告篇、壁紙、ムービー&スティル・ギャラリーなど、ワーナーの大作なのに意外と平凡な内容のサイト。