“アイデンティティー”


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

歴史的な豪雨に襲われた土地で、モーテルに避難した人々。互いに見知らぬ者同士の彼らは、やがて何者かに殺されていく。時同じくして、深夜の判事邸に弁護士、精神科医、検事らが集まる。連続殺人犯の死刑執行を覆すかも知れない新証拠が見つかったのだ。この一見無関係な2本の線が交錯したときに、一体何が起きるのか。


『セブン』(1995)などで御馴染みのカイル・クーパーによる神経症的タイトル・シークェンスから、映画『“アイデンティティー”』は冒頭から興味を引く。その出来は、アガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』とサイコ・スリラーを「構造的」に合わせるとこういう映画になるのか、と感心させられるもの。いやいや、題材そのものは特に珍しくない。一箇所で起こる連続殺人事件ものも、サイコパスものも、既に巷に満ち溢れて手垢に塗れている。でも、そこに奇抜なアイディアを持ち込んで強引に融合させた脚本家マイクル・クーニーの着眼点が面白い。この作品で一番光るのは、ワン・アイディアの仕掛けに頼ったこの脚本である。


17歳のカルテ』(1999)でも役者からの演技を丁寧に引き出したジェイムズ・マンゴールドの演出はここでも健在だ。俳優陣のシャープな演技が小味なスリラーにはぴったり。ショッキングな描写もたまにあるが、残酷描写に頼らないホラー/スリラーのタッチも冴え、各人物がモーテルに集まる羽目に陥った理由をフラッシュバックを用いて手際良く描写させる技も光る。無駄な描写を省き、必要な描写はしっかり押さえる。お陰で贅肉の無い上映時間90分というコンパクトな作品に仕上がった。


地味なキャスティングも効を奏し、次に誰が殺されるのか分からない緊張感を持続させる。元刑事の運転手役ジョン・キューザックや、連続殺人犯を護送中の警官レイ・リオッタ、それに今や落ちぶれた元美人スター役にレベッカ・デモーニーというのが現実を映し出すようで残酷でも、的確な役者の起用が宜しい。


カットバックで描かれていたモーテルと判事邸の太い2本の線を、映画は後半で1本に繋げる。そのネタばらしをクライマクスそのものに持ってきたのではなく、意図的にクライマクスの前に持ってきたところが面白い。ただその大仕掛けが強烈なので、その後に続くクライマクスの印象を弱めて平板に感じさせるのが惜しい。それでも忘れた頃に一難去ってまた一難、というホラー映画によくある作劇は効果的且つ楽しいものだ。


ミステリ映画の変種として、一見をお勧めしたい作品である。


アイデンティティー
Identity

  • 2003年/アメリカ/カラー/90分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence and language.
  • 劇場公開日:2003.10.25.
  • 鑑賞日:2003.11.6./ワーナーマイカル新百合ヶ丘6/ドルビーデジタルでの上映。木曜21時15分からの回、170席の劇場は12人程度の入り。
  • パンフレットは600円。キューザック、リオッタ、監督&製作の夫婦へのインタヴューに、滝本誠のツボを突いた解説。前半のスパイラル・ノート風のレイアウトを最後まで通してもらいたかったところ。
  • 日本版公式サイト:http://www.id-movie.jp/ 予告篇、スタッフ&キャスト紹介、プロダクション・ノートなど、文章は平凡な映画サイトそのもの。カイル・クーパー風の神経症レイアウトが薄気味悪い。転がる白い丸薬をクリックするのに一苦労だったが、その割には大した内容じゃなく残念。