アダプテーション


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


マルコヴィッチの穴』(1999)の監督スパイク・ジョーンズ&脚本チャーリー・カウフマンの新作は、ジョン・ラロシュという男について書かれたスーザン・オーリアン原作のノンフィクション、『蘭に魅せられた男/驚くべき蘭コレクターの世界』を脚色したもの(脚本家としてドナルド・カウフマンもクレジット)。今年のアカデミー賞でもカウフマン兄弟がノミネイトされていた話題作である。

気が弱く太り気味でコンプレックスの塊のような男チャーリー・カウフマンニコラス・ケイジ)は、『マルコヴィッチの穴』の独創的な脚本で一躍脚光を浴びる。彼は次回作としてスーザン・オーリアンメリル・ストリープ)のノンフィクション『蘭に魅せられた男/驚くべき蘭コレクターの世界』を野心作に仕上げようと脚色に取り掛かるが、しょっぱなから書けなくなってしまう。産みの苦しみを味わう彼の脇では、脚本家志望の双子の兄弟ドナルド(ニコラス・ケイジ)が低俗そのもののスリラーを書き始め、筆は好調に進んでいるようだ。焦りとプレッシャーで煮詰まったチャーリーは、ドナルドの助けを借りてオーリアンに直撃取材をするが、やがて事態は予想外の方向に転がり出す。


ということで、原作の一部しか映画化していない筈のこの『マルコヴィッチの穴』メイキング場面から始まる映画は、虚実ない交ぜになったややこしい設定が抜群の面白さ。チャーリー・カウフマンスーザン・オーリアンもジョン・ラロシュも実在の人物である一方、実際にアカデミー賞にノミネイトされたドナルド・カウフマンなる人物は全くの架空である、とはいかにも人を食っている。映画はチャーリー・カウフマンのパートと、オーリアンの本のパートが並行して進んで行く。カウフマンのパートは彼自身の妄想続出だったりでかなり可笑しい。しまいには劇中でチャーリーが書く脚本に自分自身を登場させ、「何て自意識過剰なんだ」と言わせるに及び、メタ・フィクションもここに極まれりとなる。対称的にオーリアンのパートは真面目なノンフィクション本らしく真面目な調子である。


この映画最大の魅力は、空想と現実の曖昧な境界線上で神経質且つ計算高く戯れている点にある。それがときに鼻につくので解放感こそ無いのだが、これは作者たちの個性と見なすべきだろう。しかし設定だけに寄りかからないのも立派。1つ1つの場面も面白く、尚且つ全体の展開も面白い。特に後半のよもやの展開を最初から予想出来たら、その人はよっぽどの奇人か狂人だろう。特に終盤の突然のスリラー劇は、やり過ぎだと引いてしまった人も多いようだが、個人的には暴走の帰結として納得した。
加えて登場人物も皆個性的。脚本と演出も意外やがっちりしていて、『マルコヴィッチの穴』よりこなれて来た。その意味では普通の映画に近付き、新鮮さは薄れたかも知れない。それでも完成度では前作以上の出来映えと感じた。


ニコラス・ケイジは自虐的にどこまでも情けない男と、どこまでも能天気な男を分かりやすく演じ分けていて、これが正解。いつもの演技の延長上なのは確かでも、狂騒的に変化していく登場人物と物語にマッチしていた。メリル・ストリープはさすがに上手く、だから面白みが少ないのもいつも通り。でも、そんな観客のイメージを覆す役柄なのが如何にも面白い。キャスティングの妙である。そして誰よりも、登場するとその場をさらうジョン・ラロシュ役クリス・クーパーが圧巻だ。野卑な外見と裏腹に持ち合わせた知性と哲学、そして蘭に対する並々ならぬ熱情を抱きつつも、その情熱が一過性のものでもあると冷静に自己分析するラロシュ像は、抜群に魅力的な光を放っている。クーパーも『アメリカン・ビューティー』(1999)や、『ボーン・アイデンティティー』(2002)などのイメージとは全くの大違い。惜しむらくは終盤において映画が明らかにフィクショナルな展開に進むにつれ、ラロシュ像の魅力が急に薄れてしまうことだ。ここに残念ながら脚本家たちの力量不足が垣間見えてしまった。いや、そもそもノンフィクション部分となっている場面でさえ、事実と同じだったかどうか。どこまでが現実で、どこまでがフィクションだったのか。


そんな風に色々と考えたくなる、これは注意深く作られた娯楽怪作なのである。


アダプテーション
Adaptation.

  • 2002年/アメリカ/カラー/114分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for language, sexuality, some drug use and violent images.
  • 劇場公開日:2003.8.23.
  • 鑑賞日:2003.9.6./シネマライズBF/DTSでの上映。土曜18時55分からの回、220席の劇場は6割程度の入り。白人男性の姿が目立ったものの、肌の色に関係無く皆大笑いだった。
  • パンフレットは700円。劇中に登場するシナリオ講座の講師ロバート・マッキーによる一文あり。シネマライズのパンフレット恒例(?)の字幕翻訳家による一文あり。シュールな映画同様に可笑しい。
  • 公式サイト:http://www.adaptation.jp/ 予告、パンフレットにも収録されているイラストを書いたコミック・アーティスト、エイドリアン・トミーネへのインタヴュー動画など。後者は翻訳字幕付きだけど、その字幕はかなり省略されている。