ファム・ファタール


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

映画は華やかなカンヌ映画祭の最中に、黄金とダイヤのビスチェ(まぁ、ブラジャーですな)を盗もうとする一味の行動を追う。ビスチェを身に付けたモデルをたらし込んだヒロイン(レベッカ・ローミン=ステイモス)は、アクシデントの最中に仲間を裏切ってアメリカに逃亡。数奇な巡り合わせにより7年後にアメリカ大使夫人としてパリに戻った彼女を、パパラッチ(アントニオ・バンデラス)が激写。その写真を見たかつての仲間が、恨み辛みを晴らさんと彼女に迫る。


序盤からして偶然に偶然が重なる上に、辻褄が合わないことおびただしい超ご都合主義な展開に一瞬訳が分からなくなった僕は、かなり真面目なスリラー映画のつもりで見始めたからだろう。だが監督はブライアン・デ・パルマだ。僕にとっては『スカーフェイス』(1983)、『アンタッチャブル』(1987)などのギャング映画大作ではなく、『キャリー』(1976)、『殺しのドレス』(1980)、『ミッドナイトクロス』(1981)などのスリラーで、キャメラと戯れ、観客を煙に巻くのが上手かった技巧派の監督である。だからそもそも真面目スリラーとして観始めるのが野暮というものだ。


しかし左程緊張感があるでもない穴だらけの展開と、ノワール映画で御馴染みの「運命の女」を意味するタイトルで期待させるほどに大悪女でも無いヒロインに対し、映画が進むにつれ失望も増すばかり。いやいや、どこを切ってもデ・パルマ印とばかりに、分割画面雨あられ、スローモーションやゆっくりと対象物に迫るズームといった技巧を凝らした場面も、往年の傑作に比べるとスリルが薄く、技術が映画に貢献しているとも思えない。


レベッカ・ローミン=ステイモスは殆ど出ずっぱりで、一人二役のみならずレズビアン・シーンやストリップなどもこなして大熱演しているものの、かなりのワルには見えない。人気モデルとしてはともかく女優としてのキャリアが浅い彼女に対し、深みのある演技を求めるのは酷かも知れないが。ただこれが人物造形がフラットな脚本と釣り合いが取れていて、しかも彼女のがっちりした顎と体格がヒロインのタフネス振りにも合っていて、これはこれで悪くない。一方、ヒロインに翻弄されるバンデラスは全く陰が薄く、気の毒なくらいだ。


だったら『スネーク・アイズ』(1998)で失敗に終わったかに思えたまさかの坂本龍一再登板も、映画を救っているかと言えばさにあらず。けれんたっぷりの映像に相変わらず真面目な音楽を付け、これでは水と油もいいところ。ボレロ編曲音楽も、いっそのことならば本物の「ボレロ」をそのまま付ければ良かったのではないだろうか。


そんなこんなで観続けていると、終盤の印象的な水中場面から映画は大転換を迎える。ここに至って僕の失望はいよいよ決定的になった。進歩とは全く無縁でマンネリなデ・パルマ映画と言われ、最近では彼の映画を有難がるのは熱狂的なファンくらいなもの。しかし僕はここで思いっきり引いてしまったのだ。またこのパターンか、と。期待外れのどん底に突き落とされた気分だった。


だが御立会い、映画はこの後に前代未聞のとんでもない展開を用意していた。それまでの物語はこの最後の数分の為だけにあったのだ。ここに来て、ようやくタイトルの意味が明らかになる。いやまったく、まんまと一杯食わされた。


辻褄なんてどうでも良い、自分の妄想だけで映画を作ったのだ、と言わんばかりのこの開き直りは誠に天晴れ。後から聞けば、伏線も目いっぱい張っていたというじゃないか。そういや観ていて腑に落ちないところもあったな。これじゃ機会があったらまた観たくなってしまう。常識的にみてこんな映画は一般受けはしないだろうが、こんなハッタリだけの映画もたまには楽しい。


やっぱりブライアン・デ・パルマは『ミッション・トゥ・マーズ』(2000)などのようなSF大作よりも、こういった小味で相当にひねくれたスリラーが良い。あちらでは死んだトドのような鈍重な演出だったのに、原点回帰のこちらでは嬉々としてキャメラ小僧振りを発揮しているのだから。


こんなヘンなスリラーを撮るものだから、また次回作も観てしまうのだろうなぁ。


ファム・ファタール
Femme Fatale

  • 2002年/フランス、アメリカ/カラー/115分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for strong sexuality, violence and language.
  • 劇場公開日:2003.8.23.
  • 鑑賞日:2003.8.23./ワーナーマイカルシネマズつきみ野3/ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜レイトショーは21時40分からの回、168席の劇場は3割程度の入り。
  • パンフレットは600円。デ・パルマ、坂本へのインタヴューあり。
  • 公式サイト:http://www.ffmovie.jp/ 予告、グリーティングカード、来日したレベッカ記者会見など。映画にジュエリーを提供した各社のクレジットが書かれているのは珍しい。