HERO


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

後の始皇帝である秦王の前に、秦王(チェン・ダオミン)を付けねらっていた3人の刺客を倒した役人・無名(ジェット・リー)が謁見する。無名はかつて秦王暗殺を画策した刺客たちとの闘いを語り始めるが、果たしてそれは真実なのか。


ジェット・リートニー・レオンマギー・チャンチャン・ツィイーと国際的スターをずらり揃え、中国国内よりも海外での評価が高いチャン・イーモウ監督、音楽は『グリーン・デスティニー』(2000)でオスカー受賞のタン・ドゥン、主題歌はフェイ・ウォンと、中国映画界の総力を結集したかのような布陣。海外からはソロ・ヴァイオリンのイツァーク・パールマン、衣装のワダ・エミ、撮影のクリストファー・ドイルを招へいしている。と、かくも豪華な顔ぶれのこの映画、事前にはチャン・イーモウ武侠映画とでは脳内で中々結び付かなかったが、ひとたび映画が始まると意匠を凝らした色彩感覚はチャンならではの映画だった(といっても、過去に劇場で観たのは『紅夢』(1991)ぐらいだが)。


この映画では画面に映るもの全てがスタイルに奉仕している。赤は飽くまでも情熱的に赤く、青は鮮烈に青く、そして白は薄雪のように儚い。画面を覆うかのような衣装も、鮮やかな撮影も、そして紅葉などのCGまでも含めて、映画全体を埋め尽くす様式化された色彩感覚は一見の価値がある。


様式化ということでは剣戟場面でさえそう。武術に秀でた超人同士の闘いは、ワイヤーワークとスローモーションを駆使して繰り広げられる。アクションというより、これは華麗なる舞い。躍動感とか緊張感は薄く、激しい動きさえも美化されている。だから『グリーン・デスティニー』(2000)のような迫力あるアクションを期待すると、肩透かしを食らうのは確実だ。


アクションとは役者の動きだけではなく、キャメラワークや編集によるリズム、テンポによるところが大きい。だから高揚感を放棄し美しさ優先で見せる剣戟は、歌舞伎等と同列に語るものであれ、もはやアクションではない。しかしアクション場面の躍動感の欠如がマイナスになっていないのは、それも含めて作品全体のルックとして統一性が取られているからなのだ。但し、それを面白いと見るかどうかで大いに意見が分かれるのも事実だろう。僕自身も作品世界に入り込めず、途中からは一歩引いて観てしまった。


物語は事件を複眼的に語る「羅生門」的構成になっている。1つの事件が違うパターンで繰り返し語られ、その各回ごとに色分けした意匠が分かりやすい。様式美も表層的なものではなく、作品のテーマと結び付いていて、これは面白い。やがて浮き彫りになるのは、武に秀でた者たちが1人の武人に託した願い。その心は自らの幸福ではなく、天下の幸福を願ったもの。個人の幸福をまず第一とする西洋的な思想とは違う東洋的思想が明確で、そして重い。


しかしそれを描くべき感情描写の点では、いささか不満を覚えなくもない。陰の主役ともいうべきトニー・レオン演ずる残剣の心情は納得出来るものの、語り部である無名の心の動きは捉えきれていないのだ。残剣の信念が無名をどのように突き動かしたのか、その心情こそが肝となるだけに、全体に薄口の人物描写に恨みが残りる。大作なのに99分と短めなのは大歓迎でも、もう少し語られるべきものがあったのではないか、と逆に物足りなさを感じた。


それでもマギー・チャンの醸し出す雰囲気、出番は少ないながらも精一杯の熱演が印象的なチャン・ツィイーと、激情ほとばせる女優陣も含め、スターの放つ光陰が映画の魅力の1つとなっている。


HERO
英雄 Hero

  • 2002年/中国、香港/カラー/99分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for stylized martial arts violence and a scene of sensuality.
  • 劇場公開日:2003.8.16.
  • 鑑賞日:2003.8.17./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘7/ドルビーデジタルでの上映。日曜10:30からの回、170席の劇場は完売。16日の21:20の回はその1時間前の完売。じゃ、つきみ野21:40からの回だ、と移動するもやはり完売。またまた移動して新百合23:30の回を狙うも完売。結局その日の内に、17日10:30からの回を入手出来たが、それも端の方の座席しか残っていないという、大変な人気だった。いやまったく、大変な目にあった。
  • パンフレットは700円。B5版と小さめでも、実在の始皇帝暗殺未遂事件やワダエミへのインタヴュー、詳細なプロダクション・ノート。アジア映画に造詣の深い映画評論家・佐藤忠男チャン・イーモウへのインタヴューも読みであり。
  • 公式サイト:http://www.hero-movie.jp/ 壁紙、予告、絶賛の声のみ掲載される掲示板など。文章は殆どがパンフレットと同じ内容。