ハルク


★film rating: B-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ジェイン・オースティンの世界を映画化した恋愛コメディの『いつか晴れた日に』(1995)、南北戦争での少年たちの苛烈な生き様を描いた西部劇『楽園をください』(1999)、伝説の名剣を巡る2組の男女を描いた武侠もの『グリーン・デスティニー』(2000)と、多岐に渡るジャンルの映画を発表してきた台湾人監督アン・リーの新作は、何とアメコミを映画化したもの。実験中の事故により、大量のガンマ線を浴びた天才科学者ブルース・バナー(エリック・バナ)は、怒りを感じると巨大な緑色、怪力の怪物に変身してしまうという、『ジキル博士とハイド氏』と『フランケンシュタイン』と『キング・コング』を足して3で割ったような内容だ。


この映画、最近流行っているアメコミ映画の中でも極めつけに生真面目な映画だ。シリアスであろうとしてユーモアやケレンを排した『X-メン』(2000)どころではない。いや実際、ユーモアは少々、ケレンは随所にある。ただ、飽くまでも製作姿勢が真面目なのだ。その姿勢はまず、コミックというメディアに忠実な映画であろうとしているところにある。


映画は様々な分割画面を駆使し、コミックのコマ割りを再現しようという野心に満ちている。この意欲的なスタイルは徹底していて、少々うるさいくらいだ。物語の進行には左程貢献はしていないものの、状況説明的な場面ではそれなりに効果を上げている。


ドラマ部分ではバナーの幼児期のトラウマを掘り下げ、望まずとも怪物と化した男の過去を探ろうとしている。そこに絡んでくるのがバナーの父親であるマッド・サイエンティスト。演ずるニック・ノルティのすさんだ怪演はちょっと笑ってしまうくらい。やがて過去のトラウマが父対息子の対峙へと展開していく様は、悲劇的神話の様相を呈してくる。但しそれが面白いかは別。アクションよりもこういったドラマを、しかも静かに淡々と描こうとする姿勢は、いかにもアン・リーらしいのだが。終盤の父親対息子の対決場面も、本来ならば盛り上がらなくてならない筈なのに退屈だ。


こういった生真面目な姿勢が、娯楽映画としては窮屈に感じられのも事実。コミックの手法も結構、トラウマも結構。でもどうせドラマを掘り下げるのならばトラウマはさっさと追いやって、ブルース・バナーが怪物から人間に戻った後に「I Like it」と言う、ああいった感情を描くべきだったのではないか。観客がこの映画に求めているのは、怒り心頭に達したバナーが緑の巨人となり、破壊しまくる現在の姿なのだから。主人公の過去よりも現在を描いたならば、ハルクが暴れ回る場面よりドラマに重きを置く映画であっても、目指すベクトルは観客の望むそれとそうは違わなかっただろう。


そんなこんな不満を持ちつつも、一気呵成とばかりに雪崩れ込む、中盤以降に見られるハルク大暴れのつるべ打ちはパワフル。これぞ観客の破壊願望に添うもの。これ見たさに劇場に行った身としても、ILMによるCGIを多用したアクション場面には圧倒された。特に後半の20分ほどに渡って繰り広げられる、軍隊との荒唐無稽かつ壮絶な闘いは見ものだ。何せ弾丸にもびくともしない無敵のハルクが、戦車やヘリコプターをなぎ倒していくのだから痛快そのもの。迫力ある音響と映像は映画ならではの醍醐味である。


こういった作品に不可欠な薄幸の美女役ジェニファー・コネリーが、主人公の元恋人で同僚の科学者役を控え目に好演していたことも付け加えておこう。


ハルク
Hulk

  • 2003年/アメリカ/カラー/138分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for sci-fi action violence, some disturbing images and brief partial nudity.
  • 劇場公開日:2003.8.2.
  • 鑑賞日:2003.8.2./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘6/ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜レイトショー、170席の劇場はほぼ満席。
  • パンフレットは600円。エリック・バナアン・リーデニス・ミューレン(視覚効果監修)へのインタヴュー、5ページに渡るプロダクション・ノート等、資料価値あり。
  • 公式サイト:http://www.uipjapan.com/hulk/ BBS、2種類のゲーム、予告編、来日記者会見など。ゲームではハルクになって街や軍隊を破壊するのが面白い。