トーク・トゥ・ハー


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

交通事故で昏睡状態のまま4年が経過しているバレリーナアリシアレオノール・ワトリング)と、彼女に付きっきりの看護士ベニグノ(ハビエル・カラマ)。女闘牛士リディア(ロサリオ・フローレス)は闘牛中に昏睡に陥り、その恋人マルコ(ダリオ・グランディネッティ)はベニグノと知り合う。


ペドロ・アルモドバル映画を観るのは恐らく10年振りくらい、しかも劇場で観るのは初めてだ。久々のアルモドバル映画は噂に違わず作風がかなり変わっていた。初期のギラギラしたものはすっかり抜け落ち、早くも枯れた味わいというか、滋味たっぷりの映画になっている。


語りかけることすなわちコミュニケーションを取ろうとすること。


ベニグノはアリシアの世話をする。髪を整え、爪を切り、床擦れを防ぎ、身体を拭き、生理の処理をし、そして語りかける。自分の部屋の模様替えを、観て来た映画のことを、その日にあったことを。万が一の奇跡の為に。その一方で、マルコは闘牛界で脚光を浴びていた恋人に語りかけることも、触れることも出来ない。そんなマルコをベニグノは励ます。彼女に語りかけろ、と。


映画はこの2人の男が友情を育むようになっていく様子と同時に、それぞれの男女二組の過去をも描き出す。その過去の場面における、片思いの恋情がストーカーまがいの行為に発展していく様子、恋人に一方的に話すだけの男の様子は、タイトル同様に一方的なコミュニケーションについての物語でもある。一方的な語りから浮かび上がるのは、現代人の孤独な心情。アルモドバルは過去と現代を交錯させながら、落ち着いた手さばきで観客に語りかける。そもそも映画というメディア自体、作者が観客に一方的に語りかけるコミュニケーションだ。そのメディアが一方的な語りについての考察を張り巡らしているので、観ている間に何とも奇妙な感覚に襲われる。


堅苦しくなりそうなテーマの映画は、幸運なことにアルモドバル監督・脚本作品だ。物語はきちんと正座して痺れることなく、さりとて三文小説的なありふれた展開にもならず、予想外の方向へと進んでいく。悪趣味と清楚の綱渡りをしているこの意匠に溢れた脚本は素晴らしい。冒頭と終幕にピナ・バウシュの舞踏で挟む様式美もさることながら、皮肉でユーモラス、悲哀とささやかな恐怖に満ち、飽きさせない。また、色彩豊かな衣装やセクシュアルで滑稽な場面など、アルモドバルらしいアクセントとなっている映像も健在だった。


役者も皆素晴らしい。男2人はマチズモに囚われることなく感性豊かな演技を披露するし、女優たちも殆ど眠っているだけなのにその存在感を示している。面白いことに、文字通り男女それぞれタイプが正反対の肌合いを持つ役者を起用している。ワトリングとカラマは柔らかそうな肌、フローレスとグランディネッティは硬質な肌。意図したことかどうか分からないがが、興味深い点である。


映画は最後の最後に至って、双方向のコミュニケーションが初めて成立するかも知れないとの希望を抱かせる。このラストは構図、色彩、ライティングが完璧な中に切り取られており、劇中のベスト・ショット。映画を引き締め、才気溢れる監督に相応しいものだ。


このように、映画としての完成度はかなり高いものである。ただしかし、個人的にはすんなりと大絶賛する気になれなかった。それはアルモドバルの老成振りにある。


美と醜の両方をえぐり出す寓話になりそうなものを、アルモドバルは美に傾倒し過ぎて、思い出のようなノスタルジックな手触りの作品にまとめ上げてしまっている。ひりひりした秀作・怪作を連発していたかつての鬼才は、早くも枯れてしまったのか。これはこれで滋味深くて良いが、枯れるにはまだ早いのではないか。かつてのなりふり構わぬパワー(そう、映画を観て一目惚れしたポルノ女優を誘拐して一方的な愛を捧げる、『アタメ』(1989)のアントニオ・バンデラスのような)を面白がっていた僕には、ちょっと気になった。


トーク・トゥ・ハー
Hable con Ella

  • 2002年/スペイン/カラー/112分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):(指定無し)
  • MPAA(USA):Rated R for nudity, sexual content and some language.
  • 劇場公開日:2003.7.5.
  • 鑑賞日:2003.8.1./シネセゾン渋谷/ドルビーデジタルでの上映。映画の日の金曜19:00からの回、221席の劇場は8割程度の入り。終了後はレイトショーの『えびボクサー』の為に並ぶ人数十人。
  • パンフレットは800円。来日したレオノール・ワトリング・インタヴュー、アルモドバルのこの映画の着想について、ハビエル・カマラ・インタヴューなど。
  • 公式サイト:http://www.gaga.ne.jp/talktoher/ パンフレットと殆どダブっているが、世界各国マスコミ評やBBSはここのみ。