ソラリス


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

プラズマ状の海に覆い尽くされた惑星ソラリスの軌道上にある宇宙ステーション。そこに居る友人から謎のメッセージを受けた心理学者(ジョージ・クルーニー)は、たどり着いたステーション内で怪異に遭遇する。そこに居る筈の無い人物が居たのだ。


スタニスワフ・レムの名作SF『ソラリスの陽のもとに』は読もうと思って20年以上が経ち、未だに読んでいない小説の1つ。しかし映画版であるアンドレイ・タルコフスキー監督の名作『惑星ソラリス』(1972)は観ている。ソ連映画らしく鈍重で眠たくなるという評価も一部にあるが、個人的には素晴らしい映画だと思った。


今度のハリウッド版は、『トラフィック』(2001)のスティーヴン・ソダーバーグ脚本&監督、ジェームズ・キャメロン製作、上映時間は1時間半強でタルコフスキー版より1時間以上短くなっている。このメンツとデータだけ見れば、ちょい捻ってはいてもハリウッド大作映画らしい、大掛かりでテンポの良い作りになっているのでは・・・そう思って実物を観てみると。


やはりソダーバーグは曲者だった。


派手な特撮場面は無く、映画の殆どは心理学者とその妻の内省的な恋愛ドラマとなっている。上映時間の約半分は過去の回想場面になっていて、そこでは何の変哲も無い平凡な男女の平凡な情景が淡々、しかしロマンティックに語られる。


ソダーバーグは現在と過去を交錯させる手法に執着があるようで、『アウト・オブ・サイト』(1998)、『イギリスから来た男』(1999)等でも大々的に使っていた。でも平凡な恋愛ドラマなぞ一歩間違えれば、ではなく、人によっては退屈するのも至極当然な作り。本国アメリカでの賛否両論もむべなるかな。こんなSF映画をよくもハリウッドで撮れたものだ。


タルコフスキー版と違ってついぞソラリスの海面上に行き着かない本作は、本来ならばそのプラズマの海を見せてもらいたい、との欲求不満に駆られる。またステーション内のセットもありふれた代物で、目新しさの点で観るべきデザインは左程無い。野田昌宏の名言「SFは絵だ」に倣うなら、ソダーバーグに映像的なSFマインドが欠けているのは明らか。これならばキャメロンがやっても絵的にはまだマシだったかも、などと思えてしまう。


しかし別の角度から観てみると、これは紛れも無くSFマインドに満ちた映画だ。回想場面と現在の場面の絶妙な編集が映画に静かなエモーションのさざなみを起こし、ゆったりとしたテンポで進む過去と現在を巡るドラマが、観客を混乱させること無く、プラズマの海で構成された心地良い時空の迷宮にいざなう。しかもSFならではの道具立てで「恋愛」「記憶」「時間」に対する洞察を行っており、観客の知性を信じ、想像力を刺激し、考察を促す。これがSFマインドでなくて何だろうか。


ジョージ・クルーニーはいつもの派手な台詞回しではなく、いつもの上目使いの濃い顔立ち演技でなく、単なる地味では無い、滋味に富む素晴らしい演技。静かな映画に相応しい。裸ばかり話題になっているが、演技のターニング・ポイントとして記憶されてしかるべきだ。一方の相手役ナターシャ・マケルホーンは、最初は違和感がある。彼女が劇中初登場後にクルーニーから受けるむごい仕打ちからすると、純粋さゆえ悲壮感を漂わせる女優が良かっただろう。その点で言えば、タルコフスキー版のナタリア・ボンダルチュクの若妻の方が痛々しくて良かった。しかしマケルホーンもその後は演技力でカバーしていて、役柄を説得力のあるものにしている。


ガムラン等のパーカッションとリズム・マシンを多用し、そこにオケの弦を乗せたクリフ・マルティネスの音楽は浮遊感を漂わせており、映画の持つ空気を見事に伝えていた。


ソダーバーグ版『ソラリス』は、退屈さと穏やかな興奮の際どい綱渡りを行っている。途中で脱落することなく付いて行ければ・・・過去の恋愛の美しくも儚い再生に夢を託した、衝撃的かつロマンティシズム溢れる幕切れが待っている。



ソラリス
Solaris

  • 2002年/アメリカ/カラー/99分/画面比2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 on appeal for sexuality/nudity, brief language and thematic elements.
  • 劇場公開日:2003.6.21.
  • 鑑賞日:2003.7.4./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9/ドルビーデジタルでの上映。金曜夜21時45分からの回、240席の劇場は20人程度の入り。
  • パンフレットは700円。A4サイズの変形版で横に長く縦に狭い体裁だが、文字の情報量はたぁっぷり。原作・タルコフスキー版・ソダーバーグ版の比較、ソダーバーグ論、詳細なプロダクション・ノートと充実している。
  • 公式サイト:http://www.foxjapan.com/movies/solaris/ プロダクション・ノートやキャスト紹介などはパンフレットと同内容。予告・TVスポット・劇中場面などの動画や、お遊び心理テストなどもあるが、メジャー大作にしては寂しい作り。やはりヒットしないと思われたからか。