8 Mile


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

デトロイトにて貧富の差の境界線となっている道路「8マイル」。過酷な環境にいながらも、8マイルの向こう、ラッパーとしての成功に進もうと努力する青年ジョニー(エミネム)の姿を描く。


冒頭のラップバトルに出ようとする主人公の姿からして、まるでシャドウボクシングをしているかのよう。そう、この映画は『ロッキー』(1976)ラップ版かと思わせる出だしなのだ。とまれラッパー界の問題児エミネムが自伝的映画の劇中で余りに品行方性過ぎる、などという批判は的外れだろう。確かに映画の中での彼は女嫌いでないし、ホモフォビアでもない。むしろ小さい妹に寝歌を歌って聴かせる優しいお兄さんとして描かれている。いくらジョニーが路上生活を余儀なくされていても、その母親が家族を省みないロクでなし女でも、それは飽くまでも劇中でのこと。かつては貧乏白人だったエミネムが味わった境遇と同じようなことも、フィクションと割り切って観るのが正しい見方なのは言うまでもない。


そうは言っても”演技者”エミネムを値踏みするのは当然のこと。アイス・Tやアイス・キューブLL・クール・Jドクター・ドレースヌープ・ドッグなど、何故かラッパーには演技の勘が良い人が多いが、幸運にもエミネムもその1人だった。熱演だが熱くなり過ぎず、臭くない。プレス工場で真面目に働いている姿も、自らの過去を美化しているように見えないのである。スクリーンに居るのはエミネムではなく、ラッパーを夢見る主人公のジョニーなのだ。ナルシスティックなスター映画の陥穽に入り込まずに済んだのは、エミネム自身の演技力によるところも大きい。


トレイラー暮らしで幼い娘の世話も殆どにせず、酒飲みのこれまたロクでなし男にすがり付く母親役を、キム・ベイシンガーはリアルに演じていて説得力がある。かつてのボンドガールもこんな役をこなせるようになるなんて、との感慨あり。ガールフレンド役ブリタニー・マーフィはステレオ・タイプな上昇志向の役に息吹を吹き込んでいるし、主人公の友人役を演じた若手たちも等身大の親近感が沸いて素晴らしい。


下手をすれば単なるラップ版ロッキー・バルボアとなりそうな映画も(いや、あれはあれで素晴らしい作品だった。1作目に関しては)、『L.A.コンフィデンシャル』(1997)以降は『ワンダー・ボーイズ』(2000)に本作と、外れ無しの監督カーティス・ハンソンは、落ち着き払った節度ある距離でジョニーを見つめている。貧乏どん底の生活感、友人たち(その殆どが黒人)との喧嘩したり仲直りしたり一緒に馬鹿やったりの交流など、地に足の付いた演出が頼もしい。ケレンには程遠く、派手さは無い。が、主人公の内面の怒りにも目を向けたアプローチが、映画をきれいごとだけの薄っぺらいアイドル映画と対称的な、誠実な青春映画として成立させている。


クライマクスはリズムに乗せた激しい悪口雑言で相手を叩きのめすラップバトル。会場のクラブでの異様な盛り上がりもさることながら、繰り出される激しく熾烈な言葉が圧巻だ。こういった悪口雑言文化は日本では余り馴染みが無い分、興味をそそられる。いざとなったら言葉が素手での殴り合い並の武器となるのだ。そもそも、黒人たちの中ではラップが生活の一部、文化として根付いている描写が興味深い。黒人映画ではなく、そこに入り込む貧乏白人を主役に据えたのが興行的成功を収めた原因、と見る向きもあろう。


映画のラストだけでは、主人公がラッパーとして成功への道のりを進むのか、普通に真面目に働いていくのか、定かではない。しかし例え平凡な人生であっても、それが芸能界での成功に何ら劣るものではないと思わせる。目新しそうに見えて、普通ならば照れが出てしまうようなお説教も堂々と描いている。実は青春ものの王道を真っ当にやっているのがこの映画持ち味なのだ。ラップに興味の無い人にも十分お勧め出来る仕上がりである。


8 Mile
8 Mile

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 110分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG-12指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong language, sexuality, some violence and drug use.
  • 劇場公開日:2003.5.24.
  • 鑑賞日時:2003.5.31.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘8 DTSでの上映。土曜レイトショー、238席の劇場はほぼ満席。毛糸の帽子や逆さに野球帽を被ったり、如何にもエミネムを模した観客が多数なのは結構だが、マナーの悪さまで真似しなくても良いだろうに。最初はうるさくて周りから注意を受けまくっていたのが恥ずかしいのう。