シカゴ


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ミュージカルが苦手な人の多くはその理由として、劇中で登場人物が唐突に歌う違和感を真っ先に挙げるようだ。今は亡きボブ・フォッシーの演出・振付の名作舞台劇を映画化した作品は、ミュージカル場面は冒頭とラスト以外を全て幻想場面とし、現実と妄想を行き来する離れ業を用いてパワフルな映画に仕上げている。

自分を騙した愛人を発作的に射殺した、ミュージカル・スターを夢見る主婦ロキシーレネー・ゼルウィガー)。浮気夫とその相手の実の妹を射殺したスター歌手ヴェルマ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)。2人の女囚を弁護する名声欲に駆られた悪徳弁護士ビリー(リチャード・ギア)。スキャンダラスな刑事裁判はマスコミの格好の標的となり、さぁ名声を巡ったショーの始まり。悪徳の栄え1920年代の大都市シカゴを舞台に、いずれも己の欲求に忠実な主人公たちの逞しい生き様が語られる。


「Five, Six, Seven...」とカウントする声の後、慌しくクラブに入り、衣裳部屋で着替え、ぎりぎりセーフでステージに上がるヴェルマに披露されるは『And All That Jazz』。一気呵成に彼女を追い駆けるキャメラで始まる冒頭からして、クールでスリリングでダイナミック。観客の目と耳はいきなり釘付けだ。ビル・コンドンの脚本はブラックで風刺に満ち、ドラマとしても単純に面白い。映画ならではのアイディアも豊富で、舞台と映画の境界線を取っ払おうという野心が見える。これが映画監督デヴュー作のロブ・マーシャルの演出は力強く、アップテンポ。めまぐるしい程の展開に歌・踊りとドラマを交互に描き、濃い内容を1時間53分に圧縮している。妙に長ったらしい映画が蔓延する中で、これは嬉しい。キャメラワークもダンサーの伸ばした腕と指先まで捉えたりと、振付家出身らしい映像が目を引いた。但し、個人的にはダンサーの肉体が物語る映像をじっくり見たかった。ダンス場面の編集が細か過ぎるのだ。ショット繋ぎが早いのは最近の映画の傾向だが、この映画もそれ例に漏れなかった。それでも幾ら編集を細かくしても、ショー場面=妄想場面が舞台調なのは面白い。


歌と踊りは主要キャストが自前でやっているのが売り物だ。中でもキャサリン・ゼタ=ジョーンズのレヴェルの高さには目を見張る。声量の豊かさ、ダンス中の表情の豊かさ。圧倒されるとはこのこと。レネー・ゼルウィガーリチャード・ギアも持ち味を出して相当に健闘しているが、彼女のダイナミズムの前ではやや分が悪い。しかしゼタ=ジョーンズがビッチを演ずるのは想定内としても、レネーの悪女とはこれが意外なキャスティング。良く言えば夢見る女、悪く言えば単なる身勝手女をキュートに演じていて、かなり良いのだ。頭脳明晰タイプではなくとも、生存本能には長けている幼児体質的な殺人者を魅力的に演じるのだから、これは大したもの。歌だって踊りだって悪くない。そりゃ身体つきからして迫力ではゼタ=ジョーンズの前では負けているかも知れないけど、レネーは自分なりのヒロインを作り上げた。大奮闘の成果は実際にご覧になってもらおう。


じゃぁ、リチャード・ギアはどうだって? いや歌声だって中々に個性的だし、タップダンスだって編集の力を借りているとは言え汗を散らして頑張っている。しかも胡散臭い弁護士を伸び伸び楽しそうに演じているのを見れば、こっちだって気持ち良いのだ。


こういった派手目の主役クラスに比べ、脇役が弱いかというとそうじゃないのがこの映画を贅沢なフルコースに至らしめている理由の1つ。レネーに尽くす冴え無い夫役にこのところ大活躍のジョン・C・ライリーを持ってきたキャスティングも大成功だ。なるほどこの男、見るからに地味で冴えないが、自らの存在感の無さを歌う『Mr. Cellophane』のゆったりとした踊りと声は、強烈な印象を残す名場面だ。看守長役のクイーン・ラティファだって存在感があるし、記者役クリスティン・バランスキーも特徴的な顔立ちを生かして面白い。皆、個性が立っているのだ。


ただ、この映画に決定的に欠けているものがある。それは退廃の香りだ。ダンサーが皆際どい格好だし、ダークな話の割りに健康的な雰囲気なのがそれを表している。思えば今時珍しく『ムーラン・ルージュ』(2001)の退廃さを醸し出していたのは、大人の色香を醸し出していたニコール・キッドマンによるところが大きかった、などと再認識したり。それでも単なるミュージカルの枠を超えた大エンタテインメントとして満喫出来る作品なのは間違いない。


シカゴ
Chicago

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 113分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for sexual content and dialogue, violence and thematic elements.
  • 劇場公開日:2003.4.19.
  • 鑑賞日時:2003.4.19.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1 ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜日、452席の劇場はレイトショー9時35分からの回のチケットは完売。
  • パンフレットは800円。B4サイズにオールカラー、宮本亜門やジャズ・ヴォーカリスト大橋美香に、ミュージカルに詳しい映画評論家・萩尾瞳や服飾評論家・中野香織の解説など、あちこち読み応えあり。大きい写真も多くて格好良いレイアウト。版サイズが大きいと見栄えも良いものです。
  • 公式サイト:http://www.chicago-jp.com/ やっぱり流れるのは『And All That Jazz』。タブロイド紙を模した「CHICAGO EXPRESS」というコーナーが面白い。記事もちゃんとニュースになっていて、「祝! キャサリン・ゼタ=ジョーンズ 女児出産!!」や「リチャード・ギア 53歳の挑戦」など。ちゃんとボブ・フォッシーの紹介もあるし、内容も中々丁寧な作りのサイトだ。