ボウリング・フォー・コロンバイン


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


"From my dead hand!"


そう叫んでライフルを掴んだ片手を高々と突き上げるのは、全米ライフル協会(NRA)会長で大スターのチャールトン・ヘストン。「俺からこの銃を取るならば、殺してから取れ」とでもいった意味だろうか。そう、この映画はアメリカ国内の銃社会について描いたドキュメンタリなのだ。


映画は素朴な疑問から単を発する。アメリカで銃による死傷者が多いのは、単純に銃の数が多いからだ、暴力的なゲームのせいだ、いや家庭がすさんでいるからだ、という一般的な仮説に対し、いちいちデータで反証していくのも分かりやすく、また面白い。アメリカ以上の銃大国のカナダや、暴力ゲームが蔓延している日本、離婚率が高いイギリスで、何故アメリカほど銃による死傷者が少ないのだろうか。


コロンバイン高校乱射事件の犯人たちがマリリン・マンソンを聴いていた。その反社会的歌詞が事件の原因だという弾劾に対し、当のマンスンが理路整然と興味深いコメントをする。彼曰く、マスコミが恐怖を煽っているから、市民は銃を持つのだ、と。その言葉を取っ掛かりに、映画はアメリカ人、それも白人の心の暗部にまで切り込んでいく。映画の標的はNRAに留まらず、世界最大の軍事産業ロッキード社から、ジョージ・W・ブッシュ大統領、遂にはアメリカの国策にまで及ぶ。


黒人たちの銃所持率が高いのでは、と思われがちなのに対し、実際は郊外の白人たちの所持率が高い。それは白人の黒人に対する恐怖心の表れではないだろうか、と考察していく過程はスリリング。『サウスパーク』ちっくなアメリカの歴史解説アニメで笑わされたり、ぞっとしたり。全く油断のならない映画とはこの映画のことだ。


NRAの会員でもある監督・インタヴューアのマイケル・ムーアは、縦にも横にもデカい大男。もしゃもしゃの髪に眼鏡、野球帽にジーンズ、シャツといういでたち。典型的な白人労働者風の外見で、顔付きも愛嬌がある。その彼が「なんでだろ〜」とばかりにアポ無しで突撃取材を行う・・・という掴みの良さがこの映画の身上。しかもユーモア溢れる言動(「コロンバイン事件の犯人たちは犯行直前にボーリングをしていた。マリリン・マンスンを禁止するんだったら、ボーリングも禁止すべきだ」)が単なる悪ふざけで無く、全体に弱者への思いやりに貫かれているのが心強い。余りアタマが良さそうでない風体で相手を油断させておいて、時に鋭いコメントや質問を投げかけるのは、まるで刑事コロンボのよう。それでいてコロンバイン事件の被害者を引き連れてKマート本部に乗り込み、半ば嫌がらせのような手段で実弾販売を中止させてしまう、なんて実行力と頼もしさもある。ムーアの存在と行動が、動的に突き進む映画を支えています。その底に流れているのはユーモアでくるまれた激しい怒りだ。


こういったマイケル・ムーアのダイナミズムは、良きアメリカ人らしい思想と行動に支えられているように見える。しかし見逃せないのは、例えば運悪くタチの悪い彼の相手をすることになったKマートの反応だ。ムーアと被害者たちが来社した翌日には、販売中止を発表するその手際の良さとフットワークの軽さ。危機管理体制と対応の素早さもまた、アメリカ大企業らしいのである。


映画はチャールトン・ヘストンへの自宅インタヴューで最高潮を迎える。そこで目の当たりにするベン・ハーの偏見に満ちた人格には、大スターへの畏敬の念も吹っ飛ぶ。そしてそのレイシズムは、単にヘストン個人だけの問題でも無いだろうと思わせるのだ。彼はイコンにしか過ぎない、同じようなことを思っている人々は大勢いる、と。


絶望的な数字と現実を列挙しながらも、それでもマイケル・ムーアの前向きな姿勢が映画に救いをもたらす笑いと風刺に満ちたこのドキュメンタリは、優れた娯楽映画としても観られる傑作だ。


ボウリング・フォー・コロンバイン
Bowling for Columbine

  • 2002年 / カナダ、アメリカ、ドイツ / カラー / 120分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for some violent images and language.
  • 劇場公開日:2003.1.25.
  • 鑑賞日時:2003.3.1.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘3 ドルビーSRでの上映。元々は恵比寿ガーデンシネマでの単館上映が、人気を受けての拡大公開。新百合での公開2週目、映画の日の土曜レイトショー、21時40分からの回、237席の劇場は7割の入り。
  • パンフレットは600円。13枚の厚紙表裏に印刷されたものが紙ケースに入ってる、珍しい形態。評論、登場人物紹介、用語辞典など。恵比寿ガーデンシネマでの上映作品は、どこの配給会社でも結構凝った作りが多い。
  • 公式サイト:http://www.gaga.ne.jp/bowling/ パンフレットとほぼ同内容に加えてBBS、チャットなど。