アレックス


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


『カルネ』(1991)、『カノン』(1998)で日本でも話題を呼んだギャスパー・ノエの新作は、昨年のカンヌ映画祭で途中退場者続出、罵倒と賞賛を一緒くたに浴びた映画として、日本のマスコミでもかなり賑わせた作品だ。アレックス(モニカ・ベルッチ)は惨たらしくアナル・レイプされる。恋人マルキュス(ヴァンサン・カッセッル)は復讐に駆られ、親友ピエール(アルベール・デュポンテル)は彼を必死に止めようとする、という内容を1シーンごとの時間軸を遡っていく構成で描いている。手法としては『メメント』(2000)に似ているが、こちらは全編1シーン1ショットの手持ち撮影。実際には1ショットに見せ掛けている個所もあるにはあるが、基本的に1つのショットが数分間以上続く、役者の即興演技に頼った作り。こういった大胆な演出には見るべきものがある。


だからと言うのか、開幕十数分後に繰り広げられる残虐な殺害シーンと、映画の中盤にあるレイプ・シーンは凄まじい。1シーン1ショットというのは役者の生理が伝わるだけではなく、凄惨な肉体の破壊描写の衝撃をも増幅する。前者は激しいキャメラワークで撮っていて時間も短いのだが、後者は人気の無いトンネル内での暴行を地面に据え置いたキャメラで真正面から延々10分も撮っているので、余計に時間と苦痛が引き伸ばされている。


ここで疑問が沸く。特撮や演技だとは分かっていても、果たしてここまで観客を不快にさせる必要があったのかどうか。


序盤はトマ・バンガルテル(ダフト・パンクの片割れ)のノイズ音楽に、風景ぶん回し手持ち撮影が延々続くので、単なる独り善がりの映画かとげんなりさせられるが、それ以降は実は手堅い。次第に幸福で平凡なカップルの物語になるに連れ、映像も安定していく。ラストに至っては、至福に満ち満ちたモニカ・ベルッチを美しく映し出す。空を舞うキャメラワークと映像を引き立てるベートーヴェンの『交響曲第7番 第2楽章』が、一気に観客をカタルシスに導く。不快から快に転じる瞬間だ。このラストは単純に物語の最初ではなく、ひょっとしたらあり得たかもしれない未来とも思わせる。この映画の『メメント』的手法(実際、ノエは参考にしたらしい)は、物語の流れを逆転させることにより、登場人物のエモーションを浮き彫りにした試みだ。記憶喪失の混乱を観客に疑似体験させた『メメント』とは、似て異なる意味を持つのである。


映画の後半は他愛の無い会話シーンばかりであり、普通ならば一般向け映画としては全く持たない物語だろう。しかし時間軸の逆転により他愛の無い会話シーンも活き活きとしているし、観客は後に起こる悲惨な結果を知っているので目を離せなくなる。ノエは生も死も隣り合わせである人生の断面図を、98分に凝縮して描こうとした。粗い部分もあるにせよ、その試みは成功しているのではないだろうか。


映画はモニカ・ベルッチヴァンサン・カッセルという、実生活でもカップルのスター主演作でもある。スター主演のセンセーションな作品としての売りもある一面、逆にこのキャスティングが強烈な内容を幾分か和らげている効果がある。これが無名の俳優起用だったならばもっと生々しかった筈。随分と印象も違っていただろう。


それにしてもレイプ犯の男性器は(実は精巧に作られたCGとは言え)無修正で、全裸で恋人と戯れる親密な場面でのヴァンサン・カッセルのはボケボケ、というのは問題じゃぁないだろうか。かなりおかしいぞ、映倫は。


アレックス
Irreversible

  • 2002年 /フランス / カラー / 98分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R-18指定
  • MPAA(USA):Unrated
  • 劇場公開日:2003.2.8.
  • 鑑賞日時:2003.2.10.
  • 劇場:渋谷東急3 公開3日目、飛び石連休の中日である平日月曜12時30分からの回、374席の劇場は半分の入り。その内1/3が御年寄り(カップルや3人連れなど)というのは、映画の内容を知っていてのものなのか。
  • パンフレットは600円。カンヌ映画祭での監督と主演2人の記者会見採録、プロダクション・ノート、谷口ランディの寄稿など。物語紹介はちゃんと逆回転で記述。
  • 公式サイト:http://www.alexmovie.jp/ プロダクション・ノートなどはパンフレットを同じもの。ヴェートーヴェンが高鳴る予告編、賛否両論沸騰中のBBSなど。