レッド・ドラゴン


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

二ヶ月連続で起きた満月の夜の一家全員殺人事件。捜査に手詰まり気味のFBIは、引退した心理捜査官グレアム(エドワード・ノートン)を引きずり出す。彼は天才的な心理学者で殺人鬼だったレクター博士アンソニー・ホプキンス)を逮捕した男だったのだ。次の満月までの時間が無い中、グレアムはレクター博士から犯人についてのプロファイリングを引き出し、殺人鬼を追い詰めようとする。


ハンニバル』(2001)で大儲けした製作陣が、またもやアンソニー・ホプキンスを担ぎ出してレクター博士で一儲けを目論んでいるのは見え見えだし、監督も今までの作品を観る限りは特に才気がある訳でもない。どう考えても期待出来ない映画だが、まぁそう決め付けずにお手並み拝見といこうじゃないか。折角のアンソニー・ホプキンス主演で『羊たちの沈黙』前日談が映画化されたのだから。


この『レッド・ドラゴン』がかつて一度映画化されているのは、ご存知の方も多いだろう。『ヒート』(1995)、『インサイダー』(1999)のマイケル・マン監督・脚本による『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986)がそれだ(『羊たちの沈黙』(1991)が大ヒットしてから、ヴィデオは『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』と改題。以下、紛らわしいので原題の『Manhunter』と表記)。幹を断って枝葉を残した、正直言って原作を読んでいないと分からないんじゃないかという作品だが、捜査官グレアム(そもそも刑事じゃないし、Grahamはグラハムじゃないし)をウィリアム・ピーターセンがハードに好演し、マンらしいスタイリッシュな映像と雰囲気により、一部で人気がある作品で、随分と思い切った野心作だった。対照的に今度の映画化は原作に忠実で正攻法。そういった意味ではかなりの脚色がされた『Manhunter』や『ハンニバル』よりも、原作にこだわった『羊たちの沈黙』を強く意識した作品と言えよう。それは脚本や美術など、主要スタッフの名が『羊』と重なっているのにも表れている。


この映画で一番の驚きは、作品全体が非常に真っ当過ぎるくらい真っ当な正統派サイコ・スリラーに仕上がっていることだ。何たって監督は『ラッシュアワー』シリーズのブレット・ラトナー。あちらは観ている間はそれなりに笑えて楽しめる娯楽アクション・コメディだったけれども、ジャッキー・チェンクリス・タッカーというスター2人の魅力に負うところも大きかったのも事実。まぁ、あちらも正統派娯楽映画ではあったが。いや、正直言って今度の作品もラトナー自身の実力はともかく、冒頭のグレアム対レクター博士の死闘やクライマクスの迫力(さすがに”ピカソのような顔”には出来なかったけど)など、演出の力も一応の評価はできる。


しかしこの映画の面白さは、まずはトマス・ハリスの原作と、それを上手く映画に移し替えたテッド・タリーの脚色の力が大きい。『羊たちの沈黙』同様に、タリーは複雑な原作を映画向きに上手く簡略化することに成功した。その上で映画ならではの趣向もあり、例えば原作には無い冒頭とラストを付け加えたり、クライマクスの場面も映画向きに改変したりで、『羊』ファンをも喜ばせるのが憎い職人技を発揮。また犯人の描写においては、原作のその個所をかなり省略した『羊』を凌駕していて、狂気に陥り怪物と化した一個の人間像として見応えがある。その一方で犯人の「歯」が怪物の起源を示すものなのに、原作にあった設定を何ら説明しないのも気になる。


ラトナーの演出が単なる見せ場つなぎで無味乾燥なのはいつも通りだし、『羊』のような心理的な恐怖にはやや欠け、グラフィックな残酷描写に頼っている嫌いもある。しかしタリーのがっちりした脚本を得て、娯楽スリラーとしては中々楽しめる部類に仕上っている。


レクター役アンソニー・ホプキンスは手馴れたもの。今までの2本に比べて一番邪悪で悪意に満ちた演技を披露していて、マンネリに陥らないのはさすがか。グレアム役エドワード・ノートンは珍しく切れが感じられないが、それも彼程の役者にしてはという意味で、凡庸な役者のレヴェルを超えている。その妻役メアリー・ルイーズ・パーカーは出番は少ないものの光る芝居を見せるし、フィリップ・シーモア・ホフマンが得意の粘液質演技を披露するのも良い。殺人鬼フランシス・ダラハイド役レイフ・ファインズも迫力がある。しかし名だたるスター俳優の中で、彼と恋に落ちるエミリー・ワトソンが出色だ。儲け役とは言え、彼女が出ると画面をさらってしまう。


一方で残念なのはグレアムの上司ジャック・クロフォード役のハーヴェイ・カイテル。『羊』同様にスコット・グレンがまた演じてくれていたら。『ハンニバル』では登場場面すら無かったのに失望したので、今度こそはと思っていたのだけれど。クラリスが密かに憧れている、頭脳明晰で冷静、自己の感情を押さえているのに、実は芯の熱い行動科学課のボス。グレンはそう素晴らしく演じていたのに、カイテルではどう観ても叩き上げでイメージが違う。


『羊』でもプロダクション・デザインを担当したクリスティージーアの美術、『Manhunter』で優れた映像を披露していたダンテ・スピノッティの撮影も、でしゃばらずとも縁の下の力持ちとして観るべきものがある。その一方でダニー・エルフマンの音楽が時に大袈裟なのが耳障りだ。木管を使った曲は『羊』のハワード・ショアを思い出させつつも、それなりにオリジナリティを発揮しているが。音楽過剰なのが如何にも最近のハリウッド映画と言えばそれまでか。


尚、冒頭のクラシック・コンサートの指揮者として登場するのは、『ラッシュアワー』シリーズで作曲を担当していたラロ・シフリン。ラトナーらしいお遊びであろう。


レッド・ドラゴン
Red Dragon