ボーン・アイデンティティー


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

記憶喪失により自分が誰か分からなくなった青年は、数ヶ国語を理解し、格闘技にも秀でていた。無意識の内に頭が理解し、身体が動く。自分は一体何者なのか? 唯一の手掛かりである体内に埋め込まれたカプセルを便りにスイスの銀行に向かうと、自分の貸し金庫には複数のパスポートと名前、各国の現金、そして銃があった・・・。


昨年死去したロバート・ラドラムのベストセラー『暗殺者』の映像化は今回が初めてではない。1988年にリチャード・チェンバレン主演で『暗殺者』としてTVドラマ化されており、僕も「日曜洋画劇場」で観ている。内容は覚えていないものの、それなりに面白かったと記憶している。


記憶喪失の暗殺者という題材だったら、最近では『ロング・キス・グッドナイト』(1996)などもあった。だから新鮮味が無い内容だが、今回は主役のジェイソン・ボーンを若いマット・デイモンが演じていて、青春ものの味付けが成されているアイディアが面白い。だからボーンの連れとなる女性も放浪癖がある若い娘になっていて、スパイ・スリラーでありながら若い男女の自己探求の物語でもあるのだ。要は『グッド*ウィル*ハンティング/旅立ち』(1997)、『レインメイカー』(1997)のデイモン自身の役柄と何ら変わりない、と言ったら過ぎるだろうか。それでも大いなる驚きであるこの映画最大の収穫は、マット・デイモンだ。デイモン自身の若々しくキレの良い肉体と動きが、映画に新鮮味を与えている。もともと演技力はしっかりしているのだから、そこに動きが加われば相当に魅力的。スタローン、ハリソン・フォード、シュウォルツネッガー、ブルース・ウィリスといった大御所の老朽化が著しいハリウッドにおいて、いやはや、ひょっとしてアクション・スターとして化ける可能性すらあるのではないだろうか。『スピード』(1994)でキアヌ・リーヴスが颯爽とイメージ・チェンジして再登場したときを思い出した。相手役のフランカ・ポテンテもさり気無くリアルな演技を見せていて、この若々しいキャスティングは成功している。


敵役の面構えも映画に似つかわしい。ボーンを追い詰めんとするCIA幹部をクリス・クーパーが憎々しく演じていて、これがまさにどんぴしゃり、これ以上の適役はいないだろう。また彼が放つ殺し屋の一人を演じるクライヴ・オーウェンも、台詞は少ないのに存在感がある。一見どこにでもいる普通の男なのに、暗殺者としての凄腕振りと悲哀が伝わってくるのだ。


舞台の殆どが欧州なので、その景観も楽しめる。地中海、ジュネーヴ、パリ、南フランスと舞台を転々としていくのだが、映画のスケールが妙に大きくないのも好ましい。青春映画にはこれくらいで丁度良いのだ。しかもそのドラマは飽くまでアクション/スリラー映画の範疇であり、側面に過ぎない。贅肉を削ぎ落としたきびきびとした話運びが痛快である。


序盤でボーンの正体は観客に明かされるので、ミステリ的興味よりも彼を追うべくCIAが次々送り込む殺し屋たちとの追激戦が見ものとなっている。アクションのアイディア自体は特に目新しさは無いものの、単純な物量や銃に頼らない演出が小気味良い。格闘技やミニ・クーパーを使ったカー・チェイスも見応えがありる。ダグ・リーマンは奇妙な味のする青春オムニバス『go』(1999)でも畳み掛けるテンポとユーモア、スリルが気持ち良かったが、そういった個性はこの大作でも発揮されている。トニー・ギルロイウィリアム・ブレイク・ハーロンの脚本はCIAが主人公を追い詰める動機が今一つ弱いという難点があるにせよ(これは原作からしてそうなのかも知れません)、話運びの速さとパンチのある演出がそれを補っていて、勢いのある作品に仕上がっている。


ジェイソン・ボーンを主人公とした原作はまだ2作あるようなので、同じ監督・主演で続編の企画もちょっと楽しみになってきた。


フェイス/オフ』(1997)のジョン・パウエルのスコアはスリルとアクションを盛り上げるのに貢献しているけれども、相変わらずメロディがはっきりしない。毎度同じようなことばかり書いているけれど、やっぱり音楽家集団メディア・ヴェンチャーズは今一つですなぁ。


ボーン・アイデンティティー
The Bourne Identity

  • 2002年 / アメリカ、チェコ共和国、ドイツ / カラー / 119分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for violence and some language.
  • 劇場公開日:2003.1.25.
  • 鑑賞日時:2003.1.25.
  • 劇場:渋東シネタワー2 ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜16時台からの回、825席の劇場は9割の入り。
  • パンフレットは600円。デイモン来日がパンフレット製作に間に合わなかったので、もっぱら解説文が殆ど。
  • 公式サイト:http://festa.biglobe.ne.jp/bourne/ サイト全体がクイズ形式になっている。非クイズ形式も選択可。予告編、デイモンと日本人ファンのビデオチャットなど。