K-19


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


潜水艦内での英語での会話から始まるこの映画、アメリカ軍の描写から始まったかと思いきや、やがて件の場所は実は旧ソ連軍のだと分かる。外国が舞台なのに堂々と英語を喋らせる製作者側の無神経さにかなりの違和感を持ち、映画そのものの誠実さへの疑念をも持ったが、幸いにもそれは杞憂に終わった。


米ソ冷戦時代を背景とした実話ものは、1961年にソ連原子力潜水艦K-19内で起きた原子炉事故が核戦争の危機を引き起こしそうになる経過と、自らの命を賭して危機を未然に防いだ乗組員たちを描いている。


進水式でシャンペンの瓶が割れなかったり、造船工程や処女航海出発間際で死人が出たり、不吉な予兆を航海前から点描し、いざ航海となると歴戦の艦長が着任早々に鬼振りを発揮、乗組員の反感を買ってモチベイションの低下を招く様子を、映画は徹底して描いている。この序盤、実話ものとはいえキャスリン・ビグローの演出は鈍重過ぎ、もう少し切り詰めても良かったろう。


鬼艦長を演ずるのはハリソン・フォード。これが散々な評判だが、思ったほどはひどくはない。ただ、熱演はしていてもどことなく違和感があるのは確か。その証拠に、終盤で改心してからの方がしっくりくるのだから。このキャスティング・ミスが作品の足を多少なりとも引っ張っているのは残念でも、派手な戦闘場面も無い、登場人物は全てソ連軍だけの大作などという企画は、大スターの威光を借りなくては実現しなかっただろう。


ハリソンは凡庸だ。顔立ちも特にハンサムではないし、強烈な個性を持っている訳でもないし、演技だって図抜けて秀でている訳ではない。しかし凡庸なる無個性を逆手に取り、言わば素朴な大スターとして確固たるものを築いた。ハン・ソロやインディ、ジョン・ブックを思い出して頂きたい。最近はめっきり精彩を失い、不幸にしてこの映画でも個性を生かせなかったとしても。


しかし幸運なことに、他の役者たちには見所がある。


艦長と対立する、人徳があり優れたリーダーシップを発揮する副艦長を演ずるリーアム・ニーソンは、大柄な体躯を生かして頼もしさと大らかさを、一方で繊細さを発揮していていつもながら見事だ。しかしそれ以上に印象に残るのが無名な若手俳優たち。彼らの素晴らしい演技が、息苦しい潜水艦内に新鮮な空気を送り込んでいる。


映画の中盤以降は、原子炉事故を真正面から描いていく。ずさんな管理体制や設備、放射能への無知など、ソ連軍のお粗末さには戦慄するしかない。特に放射能防護服無しで原子炉内の修理を行う場面は正視に堪えがたいものだ。彼らの勇気には感動するが、その行動は蛮勇と同意義であり、同時に無知にもぞっとする。
一方でこんな思いもある。果たしてこれが米軍の設定だったら、同じことを描けただろうか、と。右派保守勢力の台頭著しい現在のアメリカだからこそ、面子にこだわって造船を急ぎ、安全体制を度外視した愚かなソ連軍を描けた、とも受け取れるからだ。しかし、放射能の人体への影響に関しても逃げなかった点で、この映画は大いに価値がある。


キャスリン・ビグローは得意のダイナミックでシャープなキャメラワークを駆使した場面だけでなく、若手俳優たちに助けられたドラマ部分もがっちりと仕上げている。でも心の機敏を描くのが不得手なのは今まで通り。なぜ艦長が乗組員の心を掴んだのか、肝心な部分にいささか説得力を欠いている。映画全体はペース配分に問題をはらんでいて、単にかったるいだけか、それが重量感を与えているのか、その狭間で際どい綱渡りをしており、まとめあげにもやや難がある。それでもこの映画を観る意味は十分にあるのだ。『ニア・ダーク/月夜の出来事』(1987)、『ハートブルー』(1991)といった過去の作品を凌いで、今のところ彼女の代表作と言えるだろう。


クラウス・バデルトの音楽は『タイムマシン』(2002)同様にスケールの大きなスコアで、大作感を良く出していた。但しメロディラインの太さに物足りなさがあるのも前作同様。どうもメディア・ヴェンチャーズ系の作曲家は、親分のハンス・ジマー以外は皆同じような欠点を抱えているなぁ。


K-19
K-19: The Widowmaker

  • 2002年 / アメリカ、イギリス、ドイツ / カラー / 138分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for disturbing images.
  • 劇場公開日:2002.12.14.
  • 鑑賞日時:2003.1.24.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘7 ドルビーデジタルでの上映。公開7週目、平日金曜19時からの回、170席の劇場は3割程度の入り。
  • パンフレットは600円。K-19の詳細な解説、ビグローとピーター・サースガード、クリスチャン・カマルゴの来日記者会見採録など。それにしてもビグローは50過ぎても相変わらずお美しい。舞台挨拶で笑顔の写真なんて、往年のジャクリーン・ビセットみたいだもんなぁ。
  • 公式サイト:http://www.k19movie.jp/ サイト全体ではトラップが仕掛けてあり、そこをクリックしてしまうとWarningが表示される。クイズに正解してクリアしないとサイトが観られないという、至極厄介なホームページ。面白いけど面倒だぁ。内容はパンフレットとほぼ同内容、サースガード&カマルゴの来日密着レポがアイドルチックな扱い。2人の動画インタヴューあり。