グレースと公爵


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


18世紀のフランス革命社交界の華だった実在のイングランド人女性の視点で描いたこの作品、80歳を過ぎても元気な監督エリック・ロメールの、老熟と若さが伝わるユニークな好編となっている。グレース・エリオットの回想録を元にした映画は、劇中のセリフを原作からかなり忠実に引用しているそうだ。


グレースはルイ16世マリー・アントワネットを心から敬愛し、王侯貴族を標的とした一般市民の蜂起に反対する、現代では古風過ぎる上流階級の価値観を持つ若い女性だ。しかし観客が彼女の価値観に違和感を感じるのは序盤だけ。やがて革命を機に自我に目覚め、成長していく様がしっかり描かれているので、彼女の価値観に対する観客の思いを超えた共感が生まれてくる。自らの命の危険を顧みずに民衆から貴族を匿う姿は力強いもの。それでも家宅捜索された後に緊張が解けて泣いてしまったり、人間味溢れるリアルな描写が目を引く。演ずるルーシー・ラッセルは熱演臭さを感じさせずに芯の通った造形で、このバランスが上手い。映画の核となっている。必ずしも好ましい面ばかりでない人物を魅力的に見せたのは、彼女の演技力が大きいと言えよう。


グレースは革命派のオルレアン公爵の愛人だったが、2人は別れた後も今では親友として付き合っている成熟した関係を築いている。革命に翻弄される2人の生き様の差異は、映画の展開と共にはっきりとしていく。グレースは若さ故に人生を切り開くパワーを身に付けていくが、オルレアン公は既に自己形成が出来上がっている中年男性、老練とはいえ全く新しい冒険に踏み出す訳ではない。この差が動乱の世の中で明暗を分けていくのだ。


それにしても一般には人民の開放というイメージのフランス革命を、独善的で野蛮な大衆による血塗られた貴族社会の虐殺、とした映画は珍しいのではないか。これは僕が寡聞なせいかも知れにないが。実際にも大量の人々が一方的な審理によって殺された。歴史の中では殺された人々は単なる数字や名前でしかなくとも、当然ながら彼らは顔も人格もある人間だったのだ。革命自体は必要だったとはいえ、正義の名の元に暴虐が許されるのかというテーマは、今の世界情勢にも当てはまるもの。そういった状況の中で、個人の力を精一杯出し切った1人の女性の姿を描く意味は十分にあるのではないか。ロメールはグレースの視点で描きながらも肩入れし過ぎることなく、抑制された端正なタッチで映画全体を貫いており、これが逆にテーマを浮き上がらせている。


さらにこの映画がより一際ユニークなのは、屋外の背景が全て油絵で描かれており、そこに人物や馬車などを合成している点だ。映画の冒頭でスクリーンに映し出された油彩画の中の人物が動き出したとき、思わずはっとした。映画本来の持つ視覚面での驚きを与えてくれる作品でもある。しかし見世物とは程遠く、様式美というよりは飽くまでも背景として機能し、目立ち過ぎることはない。映画全体もキャメラを余り動かさないので演劇的な雰囲気があり、そのせいで合成も時に舞台劇の書割を思わせる。だから映画全体を支配するのは演劇的リアリズムとでもいうもの。当時を再現する為のかなりデフォルメされたこの思い切った冒険により、登場人物の言動が現代にも通じる象徴として浮き彫りにされてくるのだ。


グレースと公爵
L'Aanglaise & le Duc

  • 2001年 / フランス / カラー / 129分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for some violent images.
  • 劇場公開日:2002.12.21.
  • 鑑賞日時:2003.1.18.
  • 劇場:シャンテ・シネ3 ドルビーデジタルでの上映。公開4週目の最終週、土曜昼過ぎの回、192席の劇場は9割程度の入り。
  • パンフレットは800円。フランス革命や油彩画視覚効果の解説、エリック・ロメールルーシー・ラッセルへのインタヴューなど。
  • 公式サイト:http://www.prenomh.com/index2.html 配給会社プレノンアッシュのサイト。ロメールラッセルへのインタヴューはパンフレットと同じもの。予告編あり。